秋分の日

 

秋分の日(しゅうぶんのひ)  9月23日(2009)  Kosumosu

「祖先を敬い、亡くなった人を偲ぶ」
という趣旨で1948年(昭和23年)に制定された国民の祝日
秋の彼岸中日で、二十四節気の一つ。
太陽が秋分点に達し,昼と夜の長さが同じになる日。

秋期皇霊祭
秋分の日は、戦前は秋期皇霊祭という国祭日でした。
皇霊祭とは、天皇が皇霊殿で行う
歴代の天皇、皇后、皇親の霊を祭る祭祀のことです。
現在は天皇の私事として行われています
春分の日には春期皇霊祭が行われます。

 

秋分   9月23日(2009)

二十四節気の一つ。白露から15日目頃。
太陽の黄経が180度の時。旧暦八月の中。
この日を境に昼が短く夜が長くなる。

 

二十四節気Higannbanatonnbo

二十四節気(にじゅうしせっき)とは、太陽の黄経に従って1年を
24等分し、それぞれの季節にふさわしい名を付けたものです。
太陰暦では1ヶ月が29日か30日となり、1年が354日しか
ないため、実際の月日と季節にずれが生じてしまいます。
そこで中国では、季節を知るために太陽の動きに合わせた
二十四節気が作られ、日本にも導入されました。

季節   名称
春    立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨
夏    立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑
    立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降
冬    立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒

 

七十二候Kakasia

「七十二候」(しちじゅうにこう)とは、各節気を三分して
一年を七十二候にし、時候の変化を示したものです。

秋分は
初侯  「雷声を収む」(かみなりこえをおさむ)
二候  「蟄虫戸をふさぐ」(むしかくれてとをふさぐ)
三候  「水始めて涸る」(みずはじめてかる)
頃と解説されています。

七十二候は自然や気象の変化、
動植物の活動などを表しています。

 

太陰太陽暦

日本の旧暦で、太陰暦と太陽暦とを折衷した暦のことです。
つまり、月の動きに合わせて月日が考えられ、
太陽の動きに合わせて季節が考えられていたのです。

 

暑さ寒さも彼岸まで

彼岸を境として、厳しい暑さや寒さが衰えて、Chikyuu
良い気候になることを言っています。
昼と夜の長さが同じ彼岸の中日は、
春秋ともに季節の変わり目といえます。

しかし最近は地球温暖化の影響で、
秋の彼岸を過ぎても暑い日が続くことがあります。
一人一人が意識して、温暖化に歯止めをかけましょう。

「自分一人でどうにかなるものではない」とか
「自分一人くらいはどうでもいい」という言い訳をしてはなりません。
一人一人が地球に負担をかけているのですから、
一人一人が気を付けなければなりません。

地球を想い、地球を愛すよう心がけましょう。
地球を愛する心は、人類を愛し、子孫の繁栄を願う心です。
自然界のすべてを愛し、感謝する心です。
そういう心が神々との交信を可能にします。

 

虫のこえ    作詞・作曲者不詳

 

1. あれ松虫が            鳴いている Musinokoe
  ちんちろちんちろ          ちんちろりん
  あれ鈴虫も             鳴き出した
  りんりんりんりん          りいんりん
  秋の夜長を             鳴き通す
  ああおもしろい           虫のこえ 

2.きりきりきりきり           きりぎりす
  がちゃがちゃがちゃがちゃ     くつわ虫
  あとから馬おい           おいついて
  ちょんちょんちょんちょん      すいっちょん
  秋の夜長を             鳴き通す
  ああおもしろい           虫のこえ

 

    『尋常小学読本唱歌』   明治43年 

 

 (注)2番の歌詞の「きりぎりす」は「こおろぎ」の古名です。
    現在私達が「キリギリス」と呼んでいる虫のことではありません。

 

 

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敬老の日

 

敬老の日(けいろうのひ)  9月21日
 
 Momijia                     (9月第3月曜日)

「多年にわたり社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」
趣旨として、1966年(昭和41年)に制定された国民の祝日

2002年(平成14年)までは9月15日であったが、
2003年(平成15年)から、9月第3月曜日となった。

 

9月15日

としよりの日 → 老人の日 → 敬老の日 → 老人の日

9月15日は、聖徳太子が悲田院(ひでんいん)という
病人・貧窮者・孤児などを救う施設を建立した日といわれています。Roujinnc
その日にちなみ、1951年(昭和26年)に、「としよりの日」が作られました。

1963年(昭和38年)に老人福祉法が制定され、1964年(昭和39年)から、
「老人の日」と名称が改められました。

1966年(昭和41年)には国民の祝日となり、「敬老の日」となりました。

2003年(平成15年)から「敬老の日」は9月第3月曜日に変更されたため、
9月15日は「老人の日」となりました。
なお9月15日~21日までの一週間は、「老人週間」とされています。

 

長寿の祝い
  

         年齢(数え年)    いわれ

還暦(かんれき) 61歳       生まれた年の干支が一回りして戻るという意味から Turukame
古希(こき)    70歳       杜甫(とほ)の詩「人生七十古来稀(まれ)なり」から
喜寿(きじゅ)   77歳       草書体の「喜」が「七十七」と読めることから
傘寿(さんじゅ)  80歳      「傘」の略字が「八十」と読めることから
半寿(はんじゅ)  81歳      「半」の字を分解すると、「八、十、一」になるところから
米寿(べいじゅ)  88歳      「米」を分解すると、「八、十、八」になるところから
卒寿(そつじゅ)  90歳      「卒」の略字が「九十」と読めることから
白寿(はくじゅ)  99歳       「百」という字から「一」を取ると「白」になることから
上寿(じょうじゅ) 100歳      「最上位」という意味から
           または120歳

 

良運を招く心がけ

お年寄り、年配者、年長者となるべく話しをするように心がけましょう。Roujinna
「話しが合わない」とか、「まだるっこい」などと言って、
お年寄りとの会話を避けてはなりません。

お年寄りは最新の事は知らないかも知れませんが、
昔の事や古い事なら知っています。
「古い事など何の役にも立たない」、などと思ってはいけません。
古い事の積み重ねと、先人の知恵の積み重ねで現在があるのです。

人は経験から何かを学び、より賢明な道を歩んでいくべきものですが、
自分自身の経験はわずかなものです。
そこで歴史や先達の経験から学ぶことが重要となります。
お年寄りは多くの事の体験してきた、最も身近な歴史といえます。
ですから、お年寄りから体験したことや昔のことを聞きましょう。

文字も本も無く、何ら情報を得られなかった時代では、
年長者の経験に基づく話だけが頼りでした。
知識や知恵は、代々語り継がれたのです。
そもそも「老」の字は尊称で、
尊敬される知恵者の意味を持ちます。

今は簡単に情報を得られる時代ではありますが、
逆に、溢れる情報の中から真に価値のあるものを
取捨選択するのが難しくなっているともいえます。

そのような場合、自分だけの乏しい経験から判断するのではなく、
年長者や他者の経験を参考にした上で、自ら判断しましょう。
そして自らの判断に迷いのある時、
導いてくださるのは神仏や祖霊となりましょう。

今の年寄りとすら満足に会話のできない人が、遠い昔の先祖の霊や
祖先神とコミュニケーションが取れるはずがありません。
普段からお年寄りの話に耳を傾けていれば、
祖霊が語りかけてくれるようになります。

祖霊の導きを得て、災難を逃れ、良運を招くようにしましょう。

 

 

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秋の彼岸

 Higannbana

秋の彼岸(あきのひがん)  9月20日~26日
                               (2009) 

秋分の日を中日としたその前後7日間。雑節の一つ。
秋分の日は年により変わるので、彼岸の期間も変わる。
始めの日を「彼岸の入り」、中日を「彼岸の中日」、
終わりの日を「彼岸の明け」という。
この間に、お墓参りをしたり、先祖の霊の供養をする。

 

彼岸会

仏教では、彼岸会(ひがんえ)を行ない、
祖先の霊を慰める法要を営むこととしています。

彼岸会は、桓武(かんむ)天皇の延歴24年(805)の頃、
皇祖の追善供養のため、春と秋の彼岸7日間に、
全国の国分寺で金剛般若経を読経させたのが
始まりといわれています。
平安時代から朝廷で行われた彼岸会は、
江戸時代には、庶民の間にも年中行事として広まりました。Higann

「彼岸」とは、「向こう岸」という意味です。
こちら岸にあたる現世は、「此岸(しがん)」といいます。
「此岸」の欲望や迷い、悩みを断ち切り、
生死の海を渡って到達する終局、理想、悟りの世界が「彼岸」です。
つまり煩悩(ぼんのう)を解脱(げだつ)した境地をいいます。

在家の人々に、この期間だけでも「彼岸」を求めさせようとしたのが、
「彼岸会」の起こりだそうです。

 

彼岸の行事

古く日本には、季節の変わり目に農神を祭り、
作物の豊穣を祈り、収穫を感謝する風習がありました。
さらに、日本古来の祖先崇拝の信仰と仏教の教えが一緒になり、
日本独自の彼岸の行事となりました。

一般に、春は牡丹餅(ぼたもち)、秋は御萩(おはぎ)、
それに五目寿司などを作って仏壇に供え、
仏さまを供養し、祖霊を祭ります。
家族揃って寺参り、お墓参りに行きます。

 

御萩と牡丹餅(おはぎとぼたもち)Ohagi

秋に作るものを「御萩」あるいは「萩の餅」と言い、
春に作るものを「牡丹餅」と言います。
それぞれ秋の花「萩」と春の花「牡丹」に見立てた名であって、
おはぎとぼたもちは基本的に同じもののことです。

同じものを季節で言いかえるとは、
これこそ日本人の繊細な感性と言えましょう。

 

おはぎの異名

春秋で呼び名が変わるおはぎですが、
さらに夏と冬でも変える人がいるそうです。
また、粒あんのものをおはぎ、
こしあんのものをぼたもち、と言い分ける人もいます。
秋は収穫したての皮の柔らかい小豆で粒あんにし、
春は冬を越した皮の堅い小豆でこしあんにするからだそうです。
あんこの餅をぼたもち、きなこのものをおはぎと呼ぶ人もいます。

このほか、ぼたもち・おはぎには、地域や各家庭、
作り方の違い等で多くの異名があるようです。
それだけ広く食べられているということでしょう。
しかし昔は大変なご馳走で、春は豊作を願い
秋は収穫への感謝として、神さまやご先祖さまに捧げる時か、
特別なお客さまをもてなす時にだけ作られたものでした。
今では一年中売られており、多くは「おはぎ」で通用しています。

 

 

故郷の空   作詞/大和田建樹  スコットランド民謡

 Susuki

1.夕空はれて          あきかぜふき
  つきかげ落ちて        鈴虫なく
  おもえば遠し          故郷のそら
  ああわが父母(ちちはは)  いかにおわす

 

2.すみゆく水に         秋萩(あきはぎ)たれ
  玉なす露は          すすきにみつ
  おもえば似たり        故郷の野辺(のべ)
  ああわが兄弟(はらから)   たれと遊ぶ

  

       『明治唱歌(一)』  明治21年

 

 

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重陽の節句

 

 重陽の節句(ちょうようのせっく)  9月9日Kikua

菊酒を飲んで健康を願い、九が重なるめでたい日を祝う。
五節句の一つ。
重陽節、菊の節句、重九、お九日(おくんち)ともいう。

 

九が重なるめでたい日

日本では昔から奇数は陽の数字とされ、
陽が二つ重なる日はめでたいと考えられています。
これは陰陽道(おんみょうどう)に由来し、
重日(じゅうじつ)といいます。

なかでも一の位で最大である九が重なる九月九日は、
特にめでたい日とされました。
陽が重なるので重陽の節句と呼ばれています。

他に奇数が重なるめでたい日として、
一月一日の正月、三月三日の桃の節句、
五月五日の端午の節句、七月七日の七夕があります。
(但し五節句としては、一月一日ではなく、
 一月七日の七種(ななくさ)節句が入れられています。)

 

菊酒

菊酒とは菊の花びらを浮かべた酒、Kikua_2
あるいは菊の花を浸した酒のことです。

中国では菊に邪気を祓い病気を治す力があると信じられ、
菊酒を飲む風習がありました。
それが日本に伝わり、寿命が増すようにと
菊酒を祝いに用いるようになりました。

 

9月に菊の節句?

陰暦(旧暦)と太陽暦(新暦)では約一か月違うため、
現代では、この時期が菊の盛りとはなりません。
まだまだ暑い頃で、秋の深まりも感じられません。
さらには温暖化のため、今まで以上に秋は遠く感じられます。
そのため、重陽の節句を祝う人は減ってしまったようです。
その存在すら知らない人も多いようです。

 

菊に親しむ

菊の花は栽培技術発達のおかげで、一年中出まわっています。Kikub
しかし、秋の代表的な花としての位置はまだ保たれています。

これからの10月、11月には、生花・鉢植え・食用など、
菊が一層出回るようになります。
それらを求め、気品のある菊の花とその香りに親しみ、
自分と家族の健康を願いましょう。

 

菊を観賞する

重陽節は元は中国の行事でした。
日本には天武天皇(673年)のころに伝わったといわれています。

宮中では観菊の宴が催され、詩歌が詠まれました。
江戸時代以降、寺社では菊の品評会が開催されました。
やがて菊人形の見世物などが行われるようになりました。

現代でも、各地で菊花展や菊人形展が開催されています。
これら、日本が誇る菊の芸術作品を見に行き、
清々しい菊の気をいただいてきてはいかがでしょうか。

 

良運を招く心がけ

日本の風習や年中行事は、新暦になってから元々の季節とMomijib
ずれてしまったものが多く、実感の湧かないものが少なくありません。

加えて、人工栽培や保存技術の発達、季節の違う国からの輸入等で、
野菜や果物、花などは一年中手に入る物も多く、
ますます季節感が失われてしまっています。

また空調設備が整い、室内では一年中同じ環境で、
快適に過ごせるようにもなりました。
真夏に冬のような、真冬に夏のような装いをするのが
おしゃれであるといった風潮もあります。
それが季節に敏感であることのような捉え方さえされています。
しかしそれはうわべだけの感覚と言えましょう。

四季があり、季節や自然の移ろいに敏感だったかつての日本人は、
日本人ならではの繊細な感覚と感性を育んできました。
四季の移り変わりに応じて、衣装や家具・建具を変え、
旬の食べ物を味わい、風景の変化を楽しんできました。
季節感は、俳句、生け花、茶の湯などで最も重要なテーマといえます。

しかし現代の普通の人々は、季節の変化や自然の変化に
あまりにも鈍感になってしまっています。

季節を敏感に感じ取る力は、神霊の気配を感じ取る力に通じます。
神霊の気配を感じ取れるようになれば、神霊の意思を理解する能力を得、
神霊とコンタクトを取ることができるようになります。

季節に逆らったり、無視するようなライフスタイルは止めましょう。
もっと季節の移り変わりに敏感になりましょう。
昔からの季節の行事を大切にしましょう。
季節を体と心の両方で感じるようにしましょう。

そして神霊のメッセージと加護を得て、良運を招きましょう。

 

 

 野 菊   作詞/石森延男  作曲/下総皖一  文部省唱歌

 Kikuc

1.遠い山から        吹いて来る
  こ寒い風に        ゆれながら
  けだかく、きよく      におう花
  きれいな野菊       うすむらさきよ

2.秋の日ざしを       あびてとぶ
  とんぼをかろく      休ませて
  しずかに咲いた      野べの花
  やさしい野菊       うすむらさきよ

3.しもがおりても      負けないで
  野原や山に        むれて咲き
  秋のなごりを       惜しむ花
  あかるい野菊       うすむらさきよ
 

    『初等科音楽(一)』   昭和17年

                                                  (注)写真は「野菊」ではありません。イメージです。

 

 Kikuw

 菊の花  作詞/小林愛雄  作曲/井上武士  文部省唱歌

 

1.きれいな花よ      菊の花
  白や黄色の       菊の花

2.けだかい花よ      菊の花
  あおぐごもんの     菊の花

3.日本の秋を       かざる花
  きよいかおりの     菊の花

 

   『うたのほん(下)』  昭和16年

 

 

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白露

 

白露(はくろ)      9月7日(2009) Hakurob

二十四節気の一つ。処暑から15日目頃。
太陽の黄経が165度の時。旧暦八月の節。
草木に朝夕露がやどる頃という意味。

 

秋の長雨(ながあめ)

白露の頃になると、大陸から冷たい高気圧が南下
してきて、太平洋高気圧との間に前線が生じます。
これを秋雨前線といい、日本列島の南岸沿いに
停滞して長雨をもたらします。

この雨を「秋の長雨」、「秋霖(しゅうりん)」、
「秋入梅・秋黴雨(あきついり)」などといいます。
秋の長雨に台風が重なると大雨や集中豪雨となり、
土砂崩れ、河川の氾濫などの大きな災害につながります。

 

二十四節気

二十四節気(にじゅうしせっき)とは、太陽の黄経に従って1年をHakuroa
24等分し、それぞれの季節にふさわしい名を付けたものです。
太陰暦では1ヶ月が29日か30日となり、1年が354日しか
ないため、実際の月日と季節にずれが生じてしまいます。
そこで中国では、季節を知るために太陽の動きに合わせた
二十四節気が作られ、日本にも導入されました。

季節   名称
春    立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨
夏    立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑
    立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降
冬    立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒

 

七十二候

「七十二候」(しちじゅうにこう)とは、各節気を三分してHakuroc
一年を七十二候にし、時候の変化を示したものです。

白露は
初侯  「草露白し」    (くさのつゆしろし)
二候  「鶺鴒鳴く」    (せきれいなく)
三候  「玄鳥去る」    (つばめさる)
頃と解説されています。

七十二候は自然や気象の変化、
動植物の活動などを表しています。

 

太陰太陽暦

日本の旧暦で、太陰暦と太陽暦とを折衷した暦のことです。
つまり、月の動きに合わせて月日が考えられ、
太陽の動きに合わせて季節が考えられていたのです。

 

 

 

      作詞/北原白秋  作曲/弘田龍太郎Tiyogami

 

1.雨がふります            雨がふる
  遊びにゆきたし           傘はなし
  紅緒(べにお)のかっこも      緒が切れた

2.雨がふります            雨がふる
  いやでもお家で           遊びましょう
  千代紙折りましょう         たたみましょう

3.雨がふります            雨がふる
  けんけん小雉子(こきじ)が    今鳴いた
  小雉子も寒かろ           さびしかろうSennkouhanabi

4.雨が降ります            雨がふる
  お人形ねかせど          まだやまぬ
  お線香花火も            みなたいた

5.雨がふります            雨がふる
  昼もふるふる            夜もふる
  雨がふります            雨がふる

 

    『赤い鳥』     大正7年
              (作曲は大正10年)
 

 

 

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防災の日

 

防災の日(ぼうさいのひ)   9月1日Bousainohi

1960年(昭和35年)、「防災の日」と制定。
1923年9月1日に起きた、関東大震災を教訓に、
災害についての認識を高め、災害に対する心構えをする日。
この日は、全国各地で防災訓練が行われる。

 

関東大震災

1923年(大正12年)9月1日午前11時58分、
関東大震災(マグニチュード7.9、震度6)が起こりました。

震源地は神奈川県で、北海道から九州まで揺れが感じ
られたそうです。東京では、約150ヵ所から火災が起こり、
三日間燃え続けて市街のほとんどが焼け野原と化しました。

死者行方不明者が15万人以上、負傷者10万人以上、
家屋全半壊25万戸、焼失家屋44万戸といわれ、
京浜地帯は壊滅状態になりました。

毎年9月1日の同時刻、東京墨田区の東京都慰霊堂
(旧震災記念堂)をはじめとして、被災地各所で慰霊や
防災訓練の行事があります。Jisinn

 

防災週間

「防災の日」を挟んだ、8月30日から9月5日は
「防災週間」です。防災の意識を深めてもらうために、
国土庁(当時)が制定しました。

この時期に多い台風や地震以外の災害についても、
防災意識を高めることを目的としています。
災害時に持ち出すものや、非常用の食料・水の用意を、
各家庭でも常日頃から心がけておこうと呼びかけています。
また家族全員で、避難場所や互いの連絡方法を確認して
おくことも大切です。

 

 

 

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二百十日

 

二百十日(にひゃくとおか)   9月1日(2009)Typhoon

立春から数えて210日目。雑節。
台風の厄日(やくび)。
この頃は台風の多い時期とされる。

 

由来

江戸時代の暦学者、渋川春海(しぶかわはるみ)は、
釣りをするために品川沖に舟を出そうとしたところ、
老漁夫に「今日は二百十日なのでやめなさい」と
言われたそうです。

漁夫は快晴の空のかなたの黒雲を指していました。
はたして、その日は午後から大荒れの天気となりました。
渋川春海は、過去を調べ、自らの体験でも確認をし、
その研究から「二百十日」を台風に注意すべき日として、
自分が編纂した貞享暦(じょうきょうれき)に書き入れました。

もともと農家や漁師達は経験上、この時期は暴風雨に
なることが多いことを知っていました。
またこの30年前の明暦2年(1656)の「伊勢暦」(いせごよみ)から
「二百十日」の記載はありました。
そして渋川の貞享暦により、「二百十日」は「台風の厄日」として
広く人々に知られるところとなりました。

 

貞享暦(じょうきょうれき)Bouhuuu

貞享暦とは、それまで使われていた宣明暦
(せんみょうれき)に代わって採用された暦です。

貞享暦は日本人によって初めて作られた暦で、
貞享2年(1685)から70年間使われました。
それまで日本は692年の元嘉暦(げんかれき)以来、
862年に施行された宣明暦まで、公式には5種類の
中国の暦を使ってきました。

最後の宣明暦は800年以上も使われましたが、天体との
誤差が大きくなったため改暦が必要となり、渋川春海が
元・明の授時暦(じゅじれき)を改良して貞享暦を作りました。

 

二百二十日(にひゃくはつか) 9月11日(2009)

立春から数えて220日目。Typhoonb
二百十日と同じく、台風の多い頃として
警戒が必要な時期とされています。

二百十日、二百二十日の頃は稲の開花期にあたり、
台風の襲来はその年の収穫に大きな影響を与えます。
二百十日、二百二十日が無事にすめば、その年は豊作
になるといわれています。

そのため、風を鎮める祭りを行う風習が各地であります。

 

風祭(かざまつり・かぜまつり)

二百十日や二百二十日の頃は、稲の開花期にあたり、
農家では特に警戒を要する時期です。
古くから農民たちは、風の神を祭って豊作を祈り、
台風の被害の無いように祈願してきました。

現代でも夏からこの時期にかけて、風を鎮めるための
「風祭」が各地で行われます。
有名なものに、富山県富山市の「越中おわら風の盆」、
奈良県龍田大社の「風鎮大祭」などがあります。

 

稲刈り

昔は稲の開花期であった二百十日から二百二十日ですが、Minori
現代の稲の開花時期は早まっているようです。
地域や品種にもよりますが、今ではこの頃は稲刈りの時期
となる所が多いようです。

農林水産省の統計によりますと、稲刈りの最も早い所は
沖縄で6月下旬頃、遅い所は鹿児島で10月中旬とのことです。

いずれにせよこの時期は、稲・野菜・果物などの収穫前
にあたり、台風への警戒が必要です。
台風による凶作が恐れられるのは、今も昔も変わりません。

農林水産省HP  http://www.maff.go.jp/

 

 

浜辺の歌  作詞/林 古渓  作曲/成田為三

 

1.あした浜辺を          さまよえばHamabenouta
  昔のことぞ           しのばるる
  風の音よ            雲のさまよ
  寄する波も           貝の色も

2.ゆうべ浜辺を          回(もとお)れば
  昔の人ぞ            しのばるる
  寄する波よ           かえす波よ
  月の色も            星のかげも

3.疾風(はやち)たちまち     波を吹き
  赤裳(あかも)のすそぞ     ぬれひじし
  病みしわれは          すでに癒(い)えて
  浜辺の真砂(まさご)      愛子(まなご)いまは

   

    『セノオ楽譜(九十八)』   大正7年

 

 

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