大暑

 

大暑(たいしょ)      7月23日(2009)Himawari 

 

二十四節気の一つ。小暑から15日目頃。
太陽の黄経が120度の時。旧暦六月の中。
一年中で一番暑い頃、猛暑の意味。

 

 

夏負け予防

大暑は最も暑い頃という意味で、この頃から8月の上旬
頃までが暑さのピークとなります。

地球温暖化や都市化のため、年々真夏日や熱帯夜が増え、Water
平均気温が高くなっています。
また、全国各地で最高気温の記録を更新しています。

気象庁では、今まで最高気温30度以上の日を「真夏日」
と表現していましたが、それを大きく上回る日が増えたため、
2007年に「予報用語」を改正し、35度以上の日を「猛暑日」
と言うようになりました。

一般の言葉でも激しい暑さを表す表現として、酷暑、
極暑、炎暑、炎天、油照り、などがあります。
どれも言葉自体からも熱が伝わってくるようです。

この厳しい暑さのため、熱中症で命を落としたり、重症に
なる人が増えています。水分をこまめに補給し、暑い時は
とにかく無理をしないようにしましょう。

また、熱帯夜で睡眠不足が続くと、夏バテしてしまいます。
熟睡するためにエアコンを使う人も多いですが、体が冷え
過ぎて体調を崩すこともあります。体のためと省エネの
観点からも、睡眠時の冷房の温度設定には注意しましょう。

発熱した時に使う氷枕や保冷枕で頭と首を冷やすと、
冷房に頼らなくても気持ち良く眠れます。
効果は人それぞれでしょうが、どうぞ一度お試しください。

 

猛暑日Pool

気象庁では2007年、「気温に関する用語」として、
新たに「猛暑日」を加えました。

気温に関する用語の説明(気象庁ホームページより)

夏日… 日最高気温が25度以上の日
真夏日…日最高気温が30度以上の日
猛暑日…日最高気温が35度以上の日
熱帯夜…夜間の最低気温が25度以上のこと

気象庁http://www.jma.go.jp/jma/index.html

 

二十四節気

二十四節気(にじゅうしせっき)とは、太陽の黄経に従ってKakigoori
1年を24等分し、それぞれの季節にふさわしい名を付けたものです。
太陰暦では1ヶ月が29日か30日となり、1年が354日しかないため、
実際の月日と季節にずれが生じてしまいます。
そこで中国では、季節を知るために太陽の動きに合わせた
二十四節気が作られ、日本にも導入されました。

季節   名称
春    立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨
夏    立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑
秋    立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降
冬    立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒

 

七十二候

「七十二候」(しちじゅうにこう)とは、各節気を三分してKatori
一年を七十二候にし、時候の変化を示したものです。

大暑は
初侯  「桐始めて花を結ぶ」 (きりはじめてはなをむすぶ)
二候  「土潤いて暑し」    (つちうるおいてあつし)
三候  「大雨時行」      (たいうときどきふる)
頃と解説されてます。

七十二候は自然や気象の変化、動植物の活動などを表しています。

 

太陰太陽暦

日本の旧暦で、太陰暦と太陽暦とを折衷した暦のことです。
つまり、月の動きに合わせて月日が考えられ、
太陽の動きに合わせて季節が考えられていたのです。

 

 

金魚のひるね  作詞/鹿島鳴秋 作曲/弘田龍太郎

 Kinngyoh

  赤いべべ着た        可愛い金魚
  お眼(めめ)をさませば   ご馳走(ちそう)するぞ

  赤い金魚は         あぶくを一つ
  昼寝うとうと         夢からさめた

 

          大正8年

 

 

 

 

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海の日

 Umimie

 海の日     7月20日(2009)
               (第3月曜日)    

「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」
という趣旨で1996年(平成8年)に制定された。
当初は7月20日だったが、2003年(平成15年)から7月第3月曜日に変更された。

 

海の記念日

1876年(明治9年)、明治天皇が東北地方を巡幸された帰途、
青森港から汽船明治丸で横浜港に着いた日が7月20日でした。
1941年(昭和16年)、この日を「海の記念日」と決め、
海洋国家として広く国民に海への理解と関心を求める様々な催しが
全国的に展開されました。

「海の日」はこの「海の記念日」を引き継いだものです。

 

海の月間Umim

国土交通省では、7月を「海の月間」としています。
広く国民に「海」に対する理解と認識を高めてもらえるように、
と設けられました。
民間でも、海に関するのイベントが全国各地で種々開催されています。

海上保安庁では、7月16日から31日まで「海難ゼロへの願い」を
スローガンに、「全国海難防止強調運動」を実施しています。

 

良運を招く心がけ

日本は山国であると同時に、海洋国でもあります。
私達の祖先は、山だけでなく海からも多くの恵みを得てきました。
そして漁業や航海を守護する神様をおまつりし、
海の生き物の供養をしてきました。

昔の人は海を聖域、海水を神聖なものと捉えていました。
塩で穢れを清め、厄や邪気を祓う習俗もここから来ています。
(例) 井戸や竈(かまど)などの清めに塩を使う。Umin
    葬儀参列後に塩でお清めをする。
    大相撲の土俵で塩を撒くなど。
(注) 神前の塩は供物。盛り塩は新風俗。
また、「浦島太郎」の説話は、海の聖域性を物語るものです。

しかし現代では、海をレジャーの対象としか考えていない人も
多いのではないでしょうか。
海産物の多くを輸入に頼り、加工品ばかりを口にしているせいか、
海を命の源と考える意識が低くなっているようです。

海の恵みに感謝し、この豊かで美しい海を守るにはどうしたらよいかを
常に意識しましょう。
生物の故郷とされる海を眺めて潜在意識に働きかけ、
太古からの記憶をたどり、眠っている感覚を呼び覚ましましょう。

そうすれば、海の神様や海の生物と交信ができるようになり、
運命を開く鍵を与えられるようになるでしょう。

 

 

われは海の子    作詞・作曲者不詳  文部省唱歌Kaiganna

 

1.われは海の子           白浪(しらなみ)の
  さわぐいそべの           松原に
  煙たなびく              とまやこそ
  わがなつかしき           住家(すみか)なれ

2.生まれてしおに           浴(ゆあみ)して
  浪(なみ)を子守りの        歌と聞き
  千里(せんり)寄せくる       海の気を
  吸いて童(わらべ)と        なりにけり

3.高く鼻つく              いその香(か)に
  不断(ふだん)の花の       かおりあり
  なぎさの松に            吹く風をKaigannb
  いみじき楽(がく)と         われは聞く

4.丈余(じょうよ)のろかい      操(あやつ)りて
  行手(ゆくて)定めぬ        浪(なみ)まくら
  百尋(ももひろ)千尋(ちひろ)   海の底
  遊びなれたる            庭広し

5.幾年(いくとせ)ここに       きたえたる
  鉄より堅(かた)き         かいなあり
  吹く潮風(しおかぜ)に      黒(くろ)みたる
  はだは赤銅(しゃくどう)      さながらに

6.浪(なみ)ただよう         氷山も
  来たらば来たれ          恐れんや
  海まき上(あ)ぐる         たつまきも
  起こらば起これ          驚(おどろ)かじ

7.いで大船を             乗り出して
  われは拾わん           海の富(とみ)
  いで軍艦(ぐんかん)に      乗り組みて
  われは護(まも)らん        海の国

 

          『尋常小学読本唱歌』  明治43年

 (注)
   北欧文学者・宮原晃一郎の作詞とする説が有力です。

 

 

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土用

 

土用(どよう)    7月19日~8月6日(2009)Unadonn

夏の土用。雑節の一つ。
立秋の前の18日間。

 

土用の丑の日   7月19日
(どようのうしのひ)     (2009)

夏の土用の期間中の丑の日。
この日にウナギを食べて、夏負けを防ぐ。

(2009年は、7月31日に二度目の丑の日、「二の丑」があります。)

 

土用は年4回

土用とは、立春、立夏、立秋、立冬の前の18日間を
いいます。つまり、年に4回あるわけなのですが、
現代では特に夏の土用を指します。

土用の初日を「土用の入り」といいます。
土用の間の丑の日を「土用の丑」といい、江戸時代には
この日に灸をすえたり、薬草の湯に入ったりすると体に
良いとされていました。

 

土用の丑にはうなぎを食べるUnajuu

「土用の丑」にうなぎを食べる習慣は、夏で客が少なくて
困っている知り合いのうなぎ屋に、平賀源内が宣伝の
アイデアを出したことから始まったといわれています。

源内はうなぎ屋の店頭に、「今日は丑」と大きく書いた
看板を出しました。すると、何のことだか意味は分から
なくても、知ったかぶりの江戸っ子の間で評判となり、
お客が押し寄せたということです。

夏の土用は一年で最も暑い頃で、体力が弱って食欲が
落ちます。あっさりした食べ物を好みがちにもなります。
そんな時、栄養豊富なうなぎを食べることは、理に
かなっていたといえます。

現代では、うなぎは良質のたんぱく質と脂質、ビタミンA、B、D、E、Unagi
カルシウム、鉄、亜鉛、DHA、ミネラル類などが含まれ、
夏のスタミナ源としての栄養バランスが良いことが分かっています。

(注)
平賀源内(ひらがげんない)…江戸中期の博物学者、戯作者。
国学、蘭学、物産学、本草学の研究者。
西洋の文化や技術を紹介し、寒暖計、エレキテル(摩擦起電機)
など数多くの発明、鉱山を開発など、多方面で活躍した。

 

土用干し

梅雨が明けて日差しが強くなるこの時期は、衣類や
書物を干したり調度品に風を通す「土用干し」をします。
また、「土用掃き」といって家中を掃除し、梅雨の間に
こもった湿気を除き、かびや虫の害を防ぎます。

 

 

  池の鯉     作詞・作曲者不詳 文部省唱歌

 Ikenokoi

1.出て来い出て来い       池の鯉
  底の松藻(まつも)の      しげった中で
  手のなる音を
  聞いたら来い          聞いたら来い

2.出て来い出て来い       池の鯉
  岸の柳の            しだれた蔭(かげ)へ
  投げた焼麩(やきふ)が  
  見えたら来い          見えたら来い

 

    『尋常小学唱歌(一)』   明治44年

 

 

 

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中元

 

中元(ちゅうげん)  7月15日Tyuugenn

旧暦7月15日のこと。
また、この時期の贈答のこと。

 

お中元

お中元とは、今ではお世話になった人にする
「夏季の贈り物のこと」と思われています。

本来の「中元」とは旧暦の7月15日のことで、
道教の三元信仰に由来しています。
道教とは、中国漢民族の宗教・思想です。

1月15日を「上元」、10月15日を「下元」といい、Icecream
中元と合わせて「三元」といいます。
上元は福を与える神・天官を祭る日、
中元は人間の罪を許す神・地官を祭る日、
下元は水火の災いを防ぐ神・水官を祭る日とされています。

中元の日にもてなしをすれば今までの罪が許される
といわれ、これがお盆の行事と結び付きました。
もともとお盆には、親族間でお供え物などを贈答し合う
慣わしがありました。その習慣が親族以外にも広がり、
「中元セール」のような商戦にも乗って贈答が盛んになりました。

 

暑中見舞い(贈答)

「お中元」を贈る時期を逸してしまった場合は、
「暑中見舞い」や「残暑見舞い」とします。

暑中見舞いは立秋までとし、それ以降は残暑見舞いとします。
季節の挨拶状である、「暑中見舞い」や「残暑見舞い」と同様です。

 

 

 

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盆踊り

 

盆踊り   (7月中旬~8月中旬)Bonnodorib

精霊(しょうりょう)を迎え、慰めるための踊り。
盂蘭盆(うらぼん)の7月13日から16日にかけて行う。
月遅れのお盆(8月)に行う地方が多い。

盆踊りは、先祖の霊を音曲と踊りで歓迎し、慰め、
見送るためのものです。
櫓(やぐら)のまわりを輪になって踊る円舞式と、
行列を組んで踊り流す行進式があります。
8月に行われる徳島の阿波踊りは、400年以上の
歴史を誇る全国最大規模の盆踊りです。

 

盆踊りの時期Bonnodoric

昔は、旧暦の7月13日から16日にかけてのお盆に、
盆踊りが行われました。現代では、お盆を新暦で行う所と
一ヶ月遅れの8月に行う所とに分かれています。

伝統ある盆踊りや大きなものは、8月に行われる所が多いようです。
また「地域のイベント」として、宗教色のない盆踊りも各地の公園や
広場などで開催されています。これらはお盆の期間とは関係なく、
夏の間の土曜日・日曜日に行う所が多いようです。

 

踊り念仏 念仏踊りKabukib

盆踊りの起源は、平安時代、一遍上人や空也上人らが
念仏を広めるために始めた、「踊り念仏」だといわれています。
「踊り念仏」とは、念仏を唱えながら踊り、悪霊を鎮めて
追いやる宗教儀礼でした。

「踊り念仏」は、やがて田楽と結び付き、田楽が農耕儀礼から
民俗芸能化するに従い、「踊り念仏」も芸能娯楽的な
「念仏踊り」となりました。
この「念仏踊り」が、室町時代に「盆踊り」に発展、江戸時代に
今のような形式になったといわれています。

盆踊りは、先祖の霊を慰め見送る踊りとされますが、Kabukia
秋の豊穣を願うものでもあり、また村の娯楽でもありました。
現代でも、「地域の共同娯楽」として各地で行われています。

また「念仏踊り」は、様々な要素が加わり盆踊り以外の
民俗芸能にも発展していきました。
出雲阿国(いずものおくに)が始めた「歌舞伎踊り」も、
念仏踊りから派生したものであるとされています。

(注)
田楽(でんがく)
平安時代から中世にかけて盛んに演じられた芸能。
後に、稲作に関する芸能や地方の民間芸能として残る。

 

 

 

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お盆

 Bontyoutin_2

 盆(ぼん)  7月13日~16日

先祖の霊をお迎えして、なぐさめる行事。
日本古来の祖先崇拝信仰と仏教が結びついた行事で、
旧暦7月15日を中心に行われていた。
新暦になってから7月に行う所と「月遅れ」の8月に行う所などに分かれた。

 

新のお盆と旧のお盆

7月15日中心に行うお盆を、「新のお盆」と呼ぶところから、
8月15日中心のお盆を、「旧のお盆」とか「旧盆」と
呼んでいることがあります。

しかし、単にひと月遅れであるだけで、
旧暦によるものではありませんので、厳密には
「月遅れのお盆」が、正しい言い方となります。

(2009年の旧暦7月15日(旧盆)は、新暦では9月3日になります。)

 

 

お盆の期間と行事

期間
     お盆の期間は地域により様々です。
     一般的なものでは、祖先の霊は13日に訪ねてきて、
     14日と15日は家に留まり、16日に帰って行くとされています。Bontyoutin2

迎え火
     先祖の霊を迎える時に「迎え火」をします。
     地域により風習が違いますが、家の門口で松明を燃やしたり、
     おがらを焚いたりします。
     お墓や山、川、海に先祖を迎えに行く地方もあります。

精霊棚・盆棚
     迎えた先祖の霊は、「精霊棚」、「盆棚」などと言われる祭壇に祀り、
     花や食べ物などの供物を供えます。キュウリで祖先が乗ってくる馬、
     ナスで荷物を運ぶ牛に見たてたものを作ります。
     様々な供養をして、喜んで帰っていただけるようにします。Daimonnji

送り火
     霊が帰る時には「送り火」を焚きます。
     門口で松明やおがらを燃やして見送ります。
     地域の共同行事として大きな火を焚く所もあります。
     8月に行われる京都市東山の「大文字焼き」(大文字送り火)も、
     盆の「送り火」としての火祭りであり、大がかりな伝統行事です。

精霊流し・灯籠流し
     盆棚に使ったものや供えたものを、川や海に流して祖霊を送る
     「精霊(しょうりょう)流し」をする所もあります。
     ハスの葉やワラなどで作った精霊船に乗せて流す方法や、
     共同で大型の船を造り盛大に流す方法など、地方により様々です。Bonodori
     灯籠(とうろう)を流す「灯籠流し」は、精霊流しの変化したものです。

盆踊り
     盆踊りは、先祖の霊を音曲と踊りで歓迎し、慰め、見送るためのものです。
     櫓(やぐら)のまわりを輪になって踊る円舞式と、
     行列を組んで踊り流す行進式があります。
     徳島の阿波踊り(8月)は、400年以上の歴史を誇る全国最大規模の盆踊りです。

 

祖先崇拝信仰と仏教の融合

日本古来の御魂祭りが、仏教伝来後に仏教的に解釈されるようになり、
日本特有のお盆の行事ができたと考えられています。Awaodori

御魂祭り (歳神さまと盆神さま)

  盆は正月と並ぶ重要な年中行事で、
  風習には共通したところがあります。

  そもそも正月と盆は同じ、「御魂(みたま)祭り」でした。
  昔は、正月を年の始めとするもの(稲作中心)と、
  盆を年の始めとするもの(畑作中心)と、
  年の始まりが一年に二回ありました。

  正月にやってくる神を「歳神さま」というように、
  お盆にやってくる神を「盆神さま」と呼びました。
  「歳神さま」は、神上がりしたご先祖さまのことで、
  実は「盆神さま」と同じ存在なのです。

  正月とお盆に、ご先祖さまをお迎えして感謝を捧げ、Bondana
  ご先祖さまから新しい魂を授けていただいたのです。

盂蘭盆会(うらぼんえ)

  盂蘭盆会とは、あの世で倒懸(とうけん・逆さ吊り)の
  苦しみを受けている死者を救うための仏教行事で、
  インドで始まり、中国を経て日本に渡来しました。
  盂蘭盆会は推古(すいこ)天皇の時代(606年)には、
  すでに営まれていたといわれています。

  「盆」は、この「盂蘭盆会」の略といわれています。
  また、日本古来の御魂祭りで、「ぼに」という器に供物を盛ったのが、
  「盆」という言葉の起こりだという説もあります。

 

 

しゃぼん玉   作詞/野口雨情 作曲/中山晋平

 Syabonndama

  しゃぼん玉飛んだ      屋根まで飛んだ
  屋根まで飛んで       こわれて消えた

  しゃぼん玉消えた      飛ばずに消えた
  生まれてすぐに       こわれて消えた

  風風吹くな         しゃぼん玉飛ばそ

 

        『金の塔』  大正11年

 

 

 

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小暑

 

小暑(しょうしょ)   7月7日(2009)Syousyo

二十四節気の一つ。夏至から15日目頃。
太陽の黄経が105度の時。旧暦六月の節。
暑さが次第に増す頃という意味。

 

温風至る

六月節小暑の初候は
「温風至る」(あつかぜ・おんぷういたる)で、
盛夏を思わせる風が吹き始めます。

梅雨末期のこの時期は、集中豪雨が起きやすく
注意が必要です。梅雨明けも近く、梅雨の晴れ間には、
いよいよ夏らしさが感じられるようになります。

 

暑中見舞いSyotyuu

「暑中」とは夏の暑い間のことですが、
特に土用の18日間をいいます。
夏の土用とは、小暑から13日目の20日頃から
立秋の前日8月7日頃までのことです。

この期間に「暑中見舞い」を出します。
「暑中見舞い」とは、季節の挨拶状です。
暑さが厳しい時期に、相手の健康を気遣う
(見舞う)のが目的です。
加えてこちらの近況を簡単に報告します。

冬の年賀状や寒中見舞いと同様に、普段疎遠に
なっている人同士が、親交を深める機会となります。
立秋を過ぎて出す時は「残暑見舞い」とします。

 

二十四節気

二十四節気(にじゅうしせっき)とは太陽の黄経に従ってZannsyo
1年を24等分し、それぞれの季節にふさわしい名を付けたものです。

太陰暦では1ヶ月が29日か30日となり、1年が354日しかないため、
実際の月日と季節にずれが生じてしまいます。
そこで中国では、季節を知るために太陽の動きに合わせた
二十四節気が作られ、日本にも導入されました。

季節   名称

春    立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨
    立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑
秋    立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降
冬    立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒

 

七十二候Hasus

「七十二候」(しちじゅうにこう)とは、各節気を三分して
一年を七十二候にし、時候の変化を示したものです。

小暑は
初侯  「温風至る」(あつかぜいたる)
二候  「蓮始めて咲く」(はすはじめてさく)
三候  「鷹学を習う」(たかわざをならう)
頃と解説されてます。

七十二候は自然や気象の変化、動植物の活動などを表しています。

 

太陰太陽暦

日本の旧暦で、太陰暦と太陽暦とを折衷した暦のことです。
つまり、月の動きに合わせて月日が考えられ、
太陽の動きに合わせて季節が考えられていたのです。

 

 

 かっこう       作詞/大浦正美  ドイツ民謡Sirakaba

 

1.かっこう かっこう      どこかで
  夏を呼ぶ           森の声
  ほら   ほら        ひびくよ

2.かっこう かっこう      呼んでる
  さわやかに         谷の声
  ほら   ほら        ひびくよ

 

 

 

 

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七夕

 

 七夕(たなばた)       7月7日Tanabataa

中国の伝説と日本の伝説が融合してできた行事
五節句の一つ。

読み書きや裁縫・手芸の上達を祈る祭り

 

牽牛・織女の伝説

中国の古い伝説で、日本でも織り姫と彦星の恋物語として有名です。

機織(はたお)り上手の織り姫と働き者の牛飼い彦星は、
結婚するや遊んでばかりいるので、天の神様が怒って
二人を天の川の両側に引き離してしまいました。
その織り姫(織女(しょくじょ)星・琴座のベガ)と
彦星(牽牛(けんぎゅう)星・わし座のアルタイル)は、
年に一度、七月七日の夜にだけ会うことを許されたというものです。

 

乞巧奠(きっこうでん) SyugeibSyugeia

織り姫のように手先が器用になりたいという女性の願いを祈る中国の風習。
日本では奈良時代に、貴族の女性達の間で、織り姫と彦星の物語にあやかり
裁縫の上達を願うお祭りとして広まっていきました。

 

棚機津女(たなばたつめ)の信仰Kinu

日本古来の「棚機津女」の行事が、「たなばた」の語源です。

昔、選ばれた乙女・織女(おりめ)が機屋(はたや)にこもって神を待ち、
神の衣を作って神を迎えました。
乙女は一夜神に侍(はべ)って翌日神を見送りました。
こうして来臨した神に託して、村の災厄を持ち去ってもらうという行事でした。

この日本固有の棚機津女に関する信仰と上記中国の伝説・風習が習合されて、
現在の七夕の行事ができたと考えられています。

 

七夕飾りSyugeij

奈良時代に貴族の間で始まった七夕行事が、広く一般でSyugeig行われるようになったのは
後のことです。
ささ竹に五色の色紙や短冊(たんざく)に字を書いて飾り、ウリ・ナス・カボチャなどを供え、
子供達の読み書きの上達を七夕さまに祈る風習は、江戸時代に寺子屋の行事として
盛んになったといわれています。

 

手芸・手作りで開運 Syugeif

衣服でも何でも種類が豊富な上に、安価で好みの物が手に入る時代になりました。
しかしそういう時代だからこそ、心のこもった手作りの品を見直しましょう。

母親が編んだ手編みのセーターや恋人が編んでくれたマフラーは暖かさが違います。
何故でしょうか。それは一目一目に愛情や想いが詰まっているからです。
何でもお金で済ます世の中になったせいで、親子の関係も恋人・夫婦の関係も
希薄になってしまったようです。

昔から、気持ちを込めた一針・一目には、その人の念がこもるとされています。
ですから人々は、大切な人の健康や無事を願って縫ったり編んだりしたものでした。Syugeih
そうした心のこもった手作りをすれば、その作品は神社のお札やお守りにも匹敵するSyugeii_1
開運グッズとなります。

また、手芸は手と頭の両方を使いますので脳への良い刺激となり、
仕事や学業をはじめ他の方面での能力向上を果たします。
細かな作業をすることで生まれる根気や、作品を仕上げた時の達成感は、
人生を歩む基礎力となり、何事においても応用されていきます。

手先を使うことが苦手な人こそ、是非何か手作りにチャレンジしてみましょう。

 

 

 たなばたさま  作詞/権藤はなよ・林 柳波  作曲/下総皖一Tanabatab

 

1.笹(ささ)の葉さらさら     軒端(のきば)にゆれる
  お星さまきらきら        きんぎん砂子(すなご)

2.五色(ごしき)のたんざく    わたしがかいた
  お星さまきらきら        空から見てる

 

 

 

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海開き

 

 海開き     7月1日Umip

 

海水浴の解禁日  海水浴場の開場日
水難事故などが起きないように安全祈願の行事が行われる

 

由来

「海開き」は、「山開き」「川開き」にならった造語で、
比較的新しい行事です。
また「プール開き」なる言葉も使われています。

海開きの日は、地方により違いますが、
山開きと同じ7月1日の所が多いようです。
南の暖かい地方では、6月に開かれます。

 

快水浴場(かいすいよくじょう)

平成18年(2006)、Kaisuiyoku
環境省では、快適な水浴場の普及を目的として、
水辺に係る評価軸に基づき、全国100ヵ所の
水浴場を「快水浴場百選」として選定しています。

「快水浴場百選」の選定以前は
平成10年(1998)の「日本の水浴場55選」
平成13年(2001)の「日本の水浴場88選」でした。

「快水浴場」は3年後を目処に、再選定をする予定だそうです。

 

環境省 快水浴場百選 
http://www2.env.go.jp/water/mizu-site/suiyoku2006/

環境省HP 
http://www.env.go.jp/index.html

 

 

 うみ  作詞/林 柳波  作曲/井上武士

 Umiw

1.うみは広いな        大きいな
  月がのぼるし        日が沈む

2.うみは大波         青い波
  ゆれてどこまで       つづくやら

3.うみにおふねを       浮かばして
  行ってみたいな       よその国

      『ウタノホン(上)』  昭和16年

 

 

                文部省唱歌

 Umiy

1.松原遠く               消ゆるところ
  白帆(しらほ)の影は         浮かぶ
  干網(ほしあみ)浜に         高くして
  鴎(かもめ)は低く          波に飛ぶ
  見よ昼の海              見よ昼の海

2.島山(しまやま)闇(やみ)に     著(しる)きあたり
  漁火(いさりび) 光         淡(あわ)し
  寄る波 岸に             緩(ゆる)くして
  浦風(うらかぜ)軽(かろ)く     沙(いさご)吹く 
  見よ夜の海              見よ夜の海

        『尋常小学唱歌(五)』  大正2年

 

 

 

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川開き

 Kawabiraki

 川開き     7月1日

 

川遊びの解禁日
川での納涼開始を祝い、水難防止を願う行事

 

両国の川開き

川開きは山開きよりも歴史が浅く、名高いものとして「両国の川開き」があります。
江戸時代(1733年)、旧暦の5月28日に隅田川両国橋の下で、
花火をあげて行ったのが始まりとされています。
現在は、「隅田川花火大会」となり、川より花火が主役になっています。
(2009年は7月25日(土)開催予定)

毎年花火が見えるエリアは大勢の人で賑わい、テレビ中継
などもされています。また屋形船などで花火見物をする人も多く、
江戸の風情「川遊び」「舟遊び」が現代版となってよみがえっています。

とは言え、本来の「川遊び」には遠いように思います。
昭和の中頃の隅田川は汚くて、悪臭のする「大きなドブ川」でした。
現在はかなりきれいになったものの、昔は白魚が泳ぎ、
人々も泳いでいた川なのです。

その隅田川の春の美しさを歌った曲に、
滝錬太郎作曲・武島羽衣作詞で有名な『花』があります。

 

 

良運を招く心がけCanoe

川には川の神様がいらっしゃいます。
一人ひとりが、川を汚さないようにするにはどうしたらよいか、
そしてきれいにするにはどうしたらよいかを意識して暮らしましょう。
日々のそういう心がけが、神霊と通じ合う力を養います。

また、遊びに行った川にゴミを置いてくるような人は、
自分の良運も一緒に捨てて来ているものと心得ましょう。
釣り針や釣り糸を捨てたり、バーべキューの道具を置き去りにするなど、
マナー違反や迷惑行為が後を断ちません。
自然を傷めつけて神々の怒りに触れれば、もともと持っていた自分の運や
これから出会うであろう運を逃してしまう、ということをわきまえましょう。

川の神様を怒らせないように、自分のゴミはきちんと持ち帰りましょう。
さらに他の人が残したゴミも一緒に片付けてくるようであれば、
その人の落としたツキをも拾ってくることになります。

 

 Hanabia

  花火    作詞/井上 赳  作曲/下総皖一  文部省唱歌

 

1. どんと なった。花火だ、   きれいだな。
  空いっぱいに          ひろがった、
  しだれやなぎが         ひろがった。

2.どんと なった。何百、     赤い星、
  一どにかわって、        青い星、
  も一度かわって、        金の星。

        『うたのほん(下)』  昭和16年

 

 

  花       作詞/武島羽衣  作曲/滝 錬太郎

 Hana

1.春のうららの          隅田川
  のぼりくだりの         船人(ふなびと)が
  櫂(かい)のしずくも      花と散る
  ながめを何に          たとうべき

2.見ずやあけぼの         露(つゆ)浴びて
  われにもの言う         桜木(さくらぎ)を
  見ずや夕ぐれ          手をのべて
  われさしまねく         青柳(あおやぎ)を

3.錦(にしき)おりなす      長堤(ちょうてい)に
  暮(く)るればのぼる      おぼろ月(づき)
  げに一刻(いっこく)も     千金(せんきん)の
  ながめを何に          たとうべき

             『四季』  明治33年

 

『花』は春の歌ですが、隅田川の美しさを謳っているので
ここで取り上げました。
一時期はひどく汚れてしまった隅田川ですが、現在は
排水の規制や下水道が普及したことから、かなりきれい
になっています。

水上バスでの遊覧や観光も人気があり、各種のクルーズや
イベントも好評のようです。ますます川がきれいになり、
いつかこの「花」の詞のような美しい景色が戻ることを願っています。

 

 

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山開き

 

 山開き                 7月1日Fujiy

 

山岳信仰による、登山の解禁日

夏山登山の安全を祈願する日

 

現代はスポーツやレジャーとして登山をしますが、昔は信仰のために山に登りました。
山には神霊が宿ると考えられていて、神仏を祀った霊山に入ることは、
修行であり身を清める信仰行事であったのです。
そして登山は、夏の一定期間を除いて禁止されていました。
その登山期間の初日にあたる解禁日を、「山開き」と称しました。
各山により山開きの日は一定していませんが、多くの山で旧暦6月1日になされ、
現在は7月1日に行うところが多いようです。
今では信仰色は薄れ、夏山シーズンの始まりを告げる祭典色が濃くなっています。

 

山岳信仰Fjil

日本の風土の根幹を形成する山岳は、古来人々から崇拝の対象とされてきました。
天と地の間にある山は、神霊の住む所であり人間界と神霊界の境界であると考え、
人は死ぬとその霊魂は肉体から離れて近くの山へ登り、
年月を経るとケガレが清まって神になると信じました。
そして様々な信仰形態・宗教活動が成立しました。

修験道(しゅげんどう)は、日本古来の山岳信仰や自然観を基底とし、
仏教・神道・道教・陰陽道の思想や理念を取り入れた、日本独特の山岳宗教です。

 

修験道

山岳で苦行し、験徳(げんとく)を顕わすという修験道(しゅげんどう)は、
平安時代に成立したといわれています。
役小角(えんのおづぬ)が祖とされ、別名「山伏」(やまぶし)といわれる
修験者は、山野をめぐり様々な修行をしました。

また修験者は諸国の村々や城下町を回り、説経・加持祈祷(かじきとう)をTyoukaisann
行うと同時に、薬を施し治療行為などもしました。
情報も医薬の普及も限られていた時代の人々に大変尊敬され
有り難がられた存在でした。

源義経主従が奥州に逃げ落ちる際に、山伏姿になって関所を通る話は
歌舞伎やドラマなどでよく知られています。

 

(注)
役小角(えんのおづぬ/おづの/しょうかく)・役行者(えんのぎょうじゃ)

奈良時代の山岳修行者で、修験道の開祖といわれています。
大和国葛城(かつらぎ)に生まれ、吉野の金峰山(きんぷせん)で修行を重ね、
大峰など六十余峰を開いたと伝えられています。

 

富士山の山開き

古代から神聖な山とされてきた富士山は、毎年7月1日に山開きとなり、
山梨県富士吉田市の浅間(せんげん)神社では「お山開き」(開山の神事)が行われます。
神社では、登山者の安全祈願などがなされます。
8月26日には、「お山仕舞い」(閉山の神事)が行われます。
「お山仕舞い」では、富士登山の安全を感謝します。

 Fujik

富士講と富士塚

江戸時代、角行(かくぎょう)の出現により、
富士山を信仰する講社、富士講が隆盛となりました。
信徒は夏季に金剛杖を持った白装束で鈴を振り、
六根清浄(ろっこんしょうじょう)を唱えながら登山します。

富士塚とは、富士山を模して富士の溶岩を用いて築いた塚のことです。
富士山が見える場所に築かれたものが多く、富士山の分身とされました。
体の弱い人や経済的に恵まれない人でも、ここで模擬的な富士登山をすることで、
本物の聖なる山から得られるものと同じご利益を得ることができるように、
と造られたのです。

 

(注)
角行(かくぎょう)

富士講の元祖といわれています。
天文十年(1541)肥前長崎に生まれ、常陸の水戸で金行という行者の弟子となり、
永禄三年(1560)以来、富士の人穴を住まいとして周辺の湖水での水行や
色々の体行で験を積みました。
不眠の大行18,800日、断食行200日、富士登山128回、御中道33回、
内八海外八海修行などを行ったと伝えられています。

 

富士山で開運 Fujij

身近に富士山の絵や写真を飾りましょう。
開運商法の高価な絵を買う必要はありません。
いくらお金を出しても、心から山を崇める気持ちがなければ運は開きません。
カレンダーや絵葉書の富士山でも、本人の気持ち次第で、
高価な開運グッズに勝る効力を得ることができます。

また富士山のみならず、他の霊山や地元の山々など、
すべての山に畏敬の念を抱き、感謝して暮らすように心がけましょう。
山が有るからきれいな水が生まれるのです。
山のお陰で、山の幸・川の幸・海の幸などを得ることができるのです。

 

 

  ふじの山     作詞/巌谷小波  作曲者不詳

 Fujit

1.あたまを雲の        上に出し
  四方(しほう)の山を    見おろして
  かみなりさまを       下にきく
  ふじは日本一の山

2.青ぞら高く         そびえたち
  からだに雪の        きものきて
  かすみのすそを       とおくひく
  ふじは日本一の山

   『尋常小学読本唱歌』  明治43年

 

 

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