二百十日
立春から数えて210日目。雑節。
台風の厄日(やくび)。
この頃は台風の多い時期とされる。
由来
江戸時代の暦学者、渋川春海(しぶかわはるみ)は、
釣りをするために品川沖に舟を出そうとしたところ、
老漁夫に「今日は二百十日なのでやめなさい」と
言われたそうです。
漁夫は快晴の空のかなたの黒雲を指していました。
はたして、その日は午後から大荒れの天気となりました。
渋川春海は、過去を調べ、自らの体験でも確認をし、
その研究から「二百十日」を台風に注意すべき日として、
自分が編纂した貞享暦(じょうきょうれき)に書き入れました。
もともと農家や漁師達は経験上、この時期は暴風雨に
なることが多いことを知っていました。
またこの30年前の明暦2年(1656)の「伊勢暦」(いせごよみ)から
「二百十日」の記載はありました。
そして渋川の貞享暦により、「二百十日」は「台風の厄日」として
広く人々に知られるところとなりました。
貞享暦とは、それまで使われていた宣明暦
(せんみょうれき)に代わって採用された暦です。
貞享暦は日本人によって初めて作られた暦で、
貞享2年(1685)から70年間使われました。
それまで日本は692年の元嘉暦(げんかれき)以来、
862年に施行された宣明暦まで、公式には5種類の
中国の暦を使ってきました。
最後の宣明暦は800年以上も使われましたが、天体との
誤差が大きくなったため改暦が必要となり、渋川春海が
元・明の授時暦(じゅじれき)を改良して貞享暦を作りました。
二百二十日(にひゃくはつか) 9月10日
立春から数えて220日目。
二百十日と同じく、台風の多い頃として
警戒が必要な時期とされています。
二百十日、二百二十日の頃は稲の開花期にあたり、
台風の襲来はその年の収穫に大きな影響を与えます。
二百十日、二百二十日が無事にすめば、その年は豊作
になるといわれています。
そのため、風を鎮める祭りを行う風習が各地であります。
風祭(かざまつり・かぜまつり)
二百十日や二百二十日の頃は、稲の開花期にあたり、
農家では特に警戒を要する時期です。
古くから農民たちは、風の神を祭って豊作を祈り、
台風の被害の無いように祈願してきました。
現代でも夏からこの時期にかけて、風を鎮めるための
「風祭」が各地で行われます。
有名なものに、富山県富山市の「越中おわら風の盆」、
奈良県龍田大社の「風鎮大祭」などがあります。
昔は稲の開花期であった二百十日から二百二十日ですが、
現代の稲の開花時期は早まっているようです。
地域や品種にもよりますが、今ではこの頃は稲刈りの時期
となる所が多いようです。
農林水産省の統計によりますと、稲刈りの最も早い所は
沖縄で6月下旬頃、遅い所は鹿児島で10月中旬とのことです。
いずれにせよこの時期は、稲・野菜・果物などの収穫前
にあたり、台風への警戒が必要です。
台風による凶作が恐れられるのは、今も昔も変わりません。
農林水産省HP http://www.maff.go.jp/
浜辺の歌 作詞/林 古渓 作曲/成田為三
1.あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ しのばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も
2.ゆうべ浜辺を 回(もとお)れば
昔の人ぞ しのばるる
寄する波よ かえす波よ
月の色も 星のかげも
3.疾風(はやち)たちまち 波を吹き
赤裳(あかも)のすそぞ ぬれひじし
病みしわれは すでに癒(い)えて
浜辺の真砂(まさご) 愛子(まなご)いまは
『セノオ楽譜(九十八)』 大正7年
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