小満

 

 小満(しょうまん)    5月21日 Mugib_2

二十四節気の一つ。立夏から15日目頃。
太陽の黄経が60度の時。旧暦四月の中。
万物に生気充満し果実実り草木繁るという意味。

自然界のすべてのものが次第に満ちてくることから
小満といわれます。木々や草の緑が濃くなり、
動物たちも活発に動くようになります。
多くの植物が花を開きます。

 

麦秋(ばくしゅう)

七十二候で、小満の三候は「麦の穂出る」とあります。

麦の穂が熟すと黄金色になることから、この時季を麦秋、Mugi
麦の秋などと呼んでいます。初夏なのに秋と言うのは、
稲穂が黄金色になる秋に通ずるとして収穫の意味で
使われているようです。
「麦秋」は陰暦の4月の異称でもあります。

麦には大麦、小麦、烏麦(からすむぎ)、燕麦(えんばく)、
ライ麦などの種類があります。
小麦を例にとりますと、
前年10月下旬に種を蒔くと、11月上旬に発芽します。
翌1月上旬に幼穂ができ始め、3月中旬に茎が伸び始めます。
4月下旬には穂が出て、5月上旬に花が咲きます。
5下旬に実が熟し始め、6月上旬から下旬に収穫されます。

 

Toast

麦は、縄文時代には日本に伝わっていたそうです。
弥生時代には、稲作と並行して麦の畑作が行われて
いました。

奈良、平安時代には、凶作に備えて栽培することが
奨励されました。この頃、多くは人の食用というよりも、
家畜の飼料として用いられていました。
鎌倉時代には、粉にして麺類やせんべいなどが
作られるようになりました。

室町時代には、麦飯は下層の人々の主食になってMenn
いきました。それ故に近世まで、
「麦飯は貧乏人の食べるもの」というイメージがありました。
現代では、麦飯は健康食として認知され、「麦とろ」
などの趣向に富んだ食べ方もあります。

大麦は味噌、醤油、ビールなどの原料や麦ごはん、麦茶に、
小麦は粉にしてパン、麺類、菓子などに用いられ、
麦は私たちの食生活に欠かせないものになっています。

しかし、そのほとんどは輸入されています。
小麦ばかりでなく、今の日本は多くの食料を輸入に
頼っている状態です。このことに問題意識を持ち、
食料の自給率を上げることに関心を示しましょう。

 

 

運を開く心がけ

運気を上げるためには、なるべく自分の住んでいるYasai
土地で採れたものを食べるようにしましょう。
人は、自分と同じ気を受け入れたもの、つまり同じ土地で
同じ水と空気と太陽の光で育ったものを食べるのが、
一番自分の体や心に合って健康にも良いのです。

それは氏神、産土神、鎮守神をはじめとした、
その土地の神々の加護を得ることにも通じるのです。

よその土地で採れたものは、いわば「異物」のようなもので
心身に馴染みません。珍しいものなど遠くで採れたものでも、
たまに食べるのでしたら、新鮮で刺激があり有効な面も
あります。しかし他の土地のものを日常的に、大半として
食べ続けるのはよくありません。

地元の自然の恵みから自然の気をいただくというのが理想です。
しかし昔は当たり前だったそのことが、今の社会では難しいこと
となってしまいました。せめて輸入農産物でなく、日本国内で
栽培されたものを食べるように心がけましょう。

(注)
氏神(うじがみ)…  一族の神
産土神(うぶすながみ)… 生まれた土地の神
鎮守神(ちんじゅがみ)… 住んでいる所の神

先祖からの土地に生まれ、そこに住み続ける人は、
この三神に守られますので生涯を通して運に恵まれるでしょう。
出生地を離れた人は、居住地の鎮守様にお参りをすると共に、
なるべく頻繁に帰省して故郷の神様にお参りをし、故郷の
食べ物を食べましょう。

 

二十四節気

二十四節気(にじゅうしせっき)とは、太陽の黄経に従ってMugid
1年を24等分し、それぞれの季節にふさわしい名を付けたものです。
太陰暦では1ヶ月が29日か30日となり、1年が354日しかないため、
実際の月日と季節にずれが生じてしまいます。
そこで中国では、季節を知るために太陽の動きに合わせた
二十四節気が作られ、日本にも導入されました。

季節   名称
春    立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨
    立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑
秋    立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降
冬    立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒

 

七十二候

「七十二候」(しちじゅうにこう)とは、各節気を三分して一年を
七十二候にし、時候の変化を示したものです。

小満は
初侯  「蚕起きて桑を食う」 (かいこおきてくわをくらう)
二候  「紅花咲く」       (べにばなさく)
三候  「麦の穂出る」     (むぎのほでる)
頃と解説されています。

七十二候は自然や気象の変化、動植物の活動などを表しています。

 

太陰太陽暦

日本の旧暦で、太陰暦と太陽暦とを折衷した暦のことです。
つまり、月の動きに合わせて月日が考えられ、
太陽の動きに合わせて季節が考えられていたのです。

 

 

  麦刈  作詞/白鳥省吾 作曲/井上武士

 

1.麦はさらさら         黄金(こがね)の穂波(ほなみ)Hon
  さっと刈れ刈れ        じまんの腕に
  といだ利鎌(とがま)が   きらりと光る

2.刈って束(たば)ねて     山ほど積んで
  ことしゃ上作(じょうさく)   大麦 小麦
  玉の汗から          生まれた宝

3.たすき鉢巻(はちまき)   きりりとしめて
  親子そろって         麦刈りあげりゃ
  森のかっこ鳥         かっこと鳴いた
 

    『初等科音楽(三)』   昭和18年

 

 

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母の日

 Carnation

 母の日       5月11日

 アメリカの祝日  Mother's Day 

 

1907年、アメリカ・フィラデルフィアのアンナ・ジャービスは、
母の死から2年後の命日に、母を偲(しの)ぶ会を盛大に催しました。
このとき、亡き母に捧げた花が白いカーネーションでした。
このことは多くの人に感動を与えました。

翌1908年、母の日として毎年祝おうという運動を始めて、賛同者を増やし、
1912年にウエスト・バージニア州で祝日となりました。
続いて各州でも賛同を得、1914年、ウィルソン大統領が公式の祝日に制定しました。
その後「母の日」は世界に広まり、日本にも戦後導入され定着しています。

ところで、日本では、「こどもの日」 の法定の趣旨に、
「母に感謝する」 日であることが明記されています。
しかし、アメリカの「母の日」に比べると、日本の「母の日」は
「こども」ばかりに注目されていてあまり知られていません。
ともあれ、どちらの日も、そしていつでも、お母さんに感謝し、
お母さんを大切にする気持を忘れないようにしましょう。

 

カーネーションBarahanataba
 

以前は一般的に、赤いカーネーションを母に贈る習慣がありましたが、
今では赤に限らずピンク・黄・オレンジ・二色のものなど、
色々なカーネーションが贈られています。
また、お母さんの好きな花を贈る人も多くなりました。

お母さんを亡くされている人も、白いカーネーションばかりではなく、
生前お母さんが好きだった花を、仏壇や墓前に供えるようになりました。

 

父の恩は山よりも高く 母の恩は海よりも深し     出典 『童子教』
 

昔は誰もが知っていた名言です。
しかし現代では、親子の関係はあまりにも身近で当たり前すぎて、
感謝することなど忘れている人も多いようです。
それどころか、不平不満を並べ立てたり、わざと困らせたり心配をかけたりしています。

今日という特別な日に、あらためて父母の恩や家族の恩について考え、Babyg
感謝の気持を抱き、その感謝の気持を伝えましょう。

この他にも、親の有り難さを表現することわざに次のようなものがあります。

     子を持って知る親の恩
     孝行したい時分に親はなし
     石に蒲団は着せられぬ

 

良運を招く心がけ
 

ことわざや格言は、よき言霊(ことだま)です。
「知っている」 というだけで済まさないで、普段から声に出して使いましょう。
言霊の霊力と潜在意識への働きかけで、良運を呼び寄せることができます。

 

(注) 童子教(どうじきょう)  中世前期成立の児童教訓書  作者不詳 
インド・中国の故事や格言を引いて、日常作法・勉学・孝行などを説いた。
江戸時代の寺子屋(てらこや)などで、教科書として使用された。

 

 

肩たたき      作詞/西條八十   作曲/中山晋平Kesi
   

   母さんお肩を           たたきましょう
   タントンタントン          タントントン
   母さん白髪(しらが)が      ありますね
   タントンタントン          タントントン

   お縁側(えんがわ)には     日がいっぱい
   タントンタントン          タントントン
   真赤(まっか)な罌粟(けし)が  笑ってる
   タントンタントン          タントントン

   母さんそんなに          いい気持ち
   タントンタントン          タントントン

 

     『童謡小曲 (五)』   大正12年

 

子供が縁側で、母親の肩をリズミカルにたたいている光景がKesib
目に浮かぶ、微笑ましい歌です。しかし、縁側のある家が
少なくなり、母親の肩をたたく子供も少なくなった昨今は、
イメージの涌かない人も多いかもしれません。

「お縁側には日がいっぱい」から、小春日和の晩秋から
初冬の歌と思っている人が多いようですが、
「真赤な罌粟(けし)が笑ってる」とありますので、
春から初夏の歌だと思います。

母の日の頃に、ピッタリの歌ではないでしょうか。

(注)
  小春(こはる)…陰暦10月の異称
  小春日和(こはるびより)…小春の頃の温かい日

  罌粟・芥子(けし)…ケシ科の多年草。
              5月頃、白・紅・紅紫・紫などの四弁花を開く。
              観賞用に栽培されるオニゲシ・ヒナゲシなどを含む。
              「罌粟(けし)の花」は夏の季語。
                                  (広辞苑より)

 

 

母の歌    作詞/野上弥生子   作曲/下総皖一  文部省唱歌
 

1. 母こそは       命のいずみ Babyf
   いとし子(ご)を    胸にいだきて
   ほほ笑(え)めり   若(わか)やかに
   うるわしきかな    母の姿

2. 母こそは、      み国の力
   おの子らを      いくさの庭に
   遠くやり         なみだ隠す
   おおしきかな     母の姿

3. 母こそは        千年(ちとせ)の光
   人の世の       あらんかぎり
   地にはゆる      天(あま)つ日なり
   大いなるかな     母の姿

 

    『初等科音楽 (三)』   昭和18年

 

作詞者の野上弥生子は、小説家で、Babyz
1964年(昭和39年)『秀吉と利休』で女優文学賞を受賞、
1971年(昭和46年)には文化勲章を受章しています。

野上弥生子の甥・小手川力一郎氏が書かれた
エピソードによりますと、弥生子は家庭が第一、
文筆は第二と考えて、家庭生活を乱すようなことは
一切しなかったそうです。ご主人を大事に、そして
3人のご子息を大切に、かつ厳しく育て上げたそうです。

その野上弥生子が、優しく温かく、清らかで深く、
利己心のない母の愛を詠っています。

この詩からは、命の不思議、命の尊さが感じられます。
二番の歌詞も、戦争というような悲しいことは、もう二度と
あってはならないという教えになります。
このような美しい詩は、各世代に歌い継がれるべきだとBabyx
思います。

母の子どもに対する愛をみごとに集約しているこの詩を、
親世代も子世代も繰り返し歌うことで、言霊の働きにより、
親子の信頼と情愛がより深まるだろうと思います。

女性の社会進出が当たり前になった現代の子育ては、
自分のお乳でなくミルクに頼り、家族の手だけでは足りず、
他人の手に委ねなければなりません。昔に比べると、
親子や家族との触れ合い、スキンシップが少なくなっています。

そういう時代だからこそ、母子の愛を再認識し、
母子の絆を強めるのに相応しい歌ではないでしょうか。

 

 

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立夏

 

 立夏(りっか)   5月5日 Rikkag

二十四節気の一つ。穀雨から15日目頃。
太陽の黄経が45度の時。旧暦四月の節。
この日より夏になったという意味。

 

田植えの季節到来

立夏は春分と夏至の中間で、立夏から立秋の前日までが
暦の上で夏となります。蛙が冬眠から覚めるのは啓蟄の頃、
にぎやかに鳴き出すのはこの時季からです。

旧暦5月は田植えの月でした。
新暦では約1ヶ月遅れになりますので、昔は6月がTannbor
田植えの最盛期だったということになります。
現代では一般に、立夏を過ぎた頃から田植えが
始まると思われています。

しかし実際には、全国的には北が早く南が遅いなど、
田植えの時期には違いがあります。北の方が早いと
いうのは不思議に思いますが、寒地は早生種が多く、
暖地は晩生種が多いからだそうです。

地域や品種の違いの他に、二期作、二毛作などの
理由にもより、早い所で3月上旬(沖縄県)、遅い所で
6月中旬(九州)とかなり差があります。
米どころと言われる東北では、5月上旬から中旬が
田植えの最盛期です。

参考 農林水産省HP統計データ
農林水産省HP http://www.maff.go.jp/index.html
統計ダイジェストhttp://www.toukei.maff.go.jp/dijest/kome/kome.html

 

田植えは神事

昔は、稲の出来不出来は神様まかせでした。Taue
故に田植えは、田の神を祭り豊作を祈る大事な神事でした。

田植えに関するものは、みんな稲の神を意味する「サ」を
付けて呼んでいました。

サオリ…早下り、田植えを始める祝い。山から田の神が降りてくる日。
サノボリ…早上り、田植えが済んだ祝い。田の神が山に登る(帰る)日。
サツキ…早月、田植えの月である五月のこと。
サオトメ…早乙女、田植えをする女性。
サナエ…早苗、稲の苗。
サクラ…桜、稲の神が宿る木。「クラ」は「神座」で神がいる場所の意味。

農業技術が発達した現代ですが、稲の出来具合が
気象や天候に大きく左右されることに変わりはありません。
病害虫の恐れも全くなくなっているわけではありません。
やはり人間の力だけでは及ばないのです。

このことは、農家の方々はよく分かっていらっしゃいますが、
農業に縁のない一般の人々も知っておかなければならない
大切なことです。

現代でも各地で、田植えの神事や祭りが行われています。
大阪市住吉区、住吉大社の「御田植神事」(おたうえしんじ)は
そのひとつで、歴史ある盛大な祭りです。
これらの祭りに関心を持ち、機会があれば見学や参加をしましょう。

 

二十四節気

二十四節気(にじゅうしせっき)とは、太陽の黄経に従ってBarar
1年を24等分し、それぞれの季節にふさわしい名を付けたものです。
太陰暦では1ヶ月が29日か30日となり、1年が354日しかないため、
実際の月日と季節にずれが生じてしまいます。
そこで中国では、季節を知るために太陽の動きに合わせた
二十四節気が作られ、日本にも導入されました。

季節   名称
春    立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨
    立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑
秋    立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降
冬    立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒

 

七十二候Rikka

「七十二候」(しちじゅうにこう)とは、各節気を三分して一年を
七十二候にし、時候の変化を示したものです。

立夏は
初侯  「蛙始めて鳴く」     (かえるはじめてなく)
二候  「蚯蚓出る」       (みみずいずる)
三候  「筍生ず」        (たけのこしょうず)
頃と解説されています。

七十二候は自然や気象の変化、動植物の活動などを表しています。

 

太陰太陽暦

日本の旧暦で、太陰暦と太陽暦とを折衷した暦のことです。
つまり、月の動きに合わせて月日が考えられ、
太陽の動きに合わせて季節が考えられていたのです。

 

 

 田植     作詞/井上 赳  作曲/中山晋平

 Taue

1.そろた 出そろた        さなえがそろた
  植えよう 植えましょ      み国のために
  米はたからだ          たからの草を
  植えりゃ こがねの       花が咲く

2.そろた 出そろた        植え手もそろた
  植えよう 植えましょ      み国のために
  ことしゃほう年(ねん)     穂に穂が咲いて
  みちの小草(こぐさ)も     米がなる

   

    『初等科音楽(一)』   昭和17年

 

 

 夏は来ぬ  作詞/佐佐木信綱  作曲/小山作之助

 

1.卯(う)の花の          匂(にお)う垣根に
  時鳥(ほととぎす)       早(はや)も来(き)鳴きて
  忍音(しのびね)もらす     夏は来ぬ

2.五月雨(さみだれ)の      そそぐ山田に
  賤(しず)の女(め)が     裳裾(もすそ)ぬらして
  玉苗(たまなえ)植うる     夏は来ぬ

3.橘(たちばな)の        かおるのきばのHotaru
  窓近く              蛍(ほたる)とびかい
  おこたり諌(いさ)むる     夏は来ぬ

4.楝(おうち)ちる         川辺の宿の
  門(かど)遠く          水鶏(くいな)声して
  夕月すずしき          夏は来ぬ

5.五月(さつき)やみ       蛍(ほたる)とびかい
  水鶏(くいな)鳴き        卯(う)の花さきて
  早苗(さなえ)うえわたす    夏は来ぬ

 

    『新編教育唱歌集(五)』  明治29年

 

 

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端午の節句

 

端午の節句・節供 (たんごのせっく)    5月5日Fujikoi
 

男の子の成長を祝う祭り。
菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)を軒に挿して邪気を払い、
鯉幟(こいのぼり)・甲冑(かっちゅう)・刀剣・武者人形などを飾り、
縁起がよいとされる粽(ちまき)や柏餅を食べる風習がある。
第二次大戦後は 「こどもの日」として国民の祝日となり、
男女分け隔てなく子どもの成長を祝う日となる。

 

もとは女性のための祭り?
 

昔の日本では、五月は田の神さまをお迎えして祀る
重要な月でした。
五月は田植えの月で、田植えは大切な神事でした。

当時は、いい米を生み出すために、子を生むことができる Kodomonohis
「早乙女」(さおとめ)とよばれる女性が田植えを行いました。
このため、女性は家にこもり、神聖な田植えにそなえて、
けがれを払い、身を清める行事を行いました。
古くは、「端午の節句」は、田植えをする女性のための
お祭りだったのです。

中国では、端午の日に薬草を摘んだり、菖蒲(しょうぶ)を
浸した酒を飲んだりして、疫病や災厄を祓う行事が行われて
いました。
これらの風習が日本にもたらされ、奈良・平安時代には
貴族社会で五月五日に節会(せちえ)が行われていました。

鎌倉時代になると、「菖蒲」が「尚武」や「勝負」に通じる
ことから、武家社会で重視されて祝日となり、行事が
行われるようになりました。
江戸時代初期には、端午の節句を男の子の節句とする
のが一般化し、江戸時代中期には庶民にも定着しました。

 

「端午」 とは?
 

「端」 は初めの意味、「午」 は午の日のこと。 Kasiwamoti
端午は 「月の初めの午の日」 のことで、他の月にも
端午はあります。
五月五日を特別に 「端午の節句」 としたのは、
「午」の「ご」を「五」として通用し、五が二つ重なることを
重くみたからです。

日本では昔から奇数は陽の数字とされ、陽が二つ重なる
日はめでたいと考えられています。
これは陰陽道(おんみょうどう)に由来し、重日(じゅうじつ)
といいます。
他に奇数が重なるめでたい日として、
一月一日の正月、三月三日の桃の節句、
七月七日の七夕、九月九日の菊の節句(重陽の節句)があります。

 

鯉幟(こいのぼり)
 

「端午の節句」が庶民に定着した江戸時代の中期に、Koi
鯉のぼりの習慣も盛んになりました。
鯉のぼりは、神を招く招ぎ代(おぎしろ)が変化したもの
といわれています。
幟竿(のぼりざお)は、神社の祭礼で立てる幟(のぼり)や
吹き流しと同じで、神様をお迎えする依り代(よりしろ)だ
と考えられます。

また、「中国の黄河中流の急流で、ここを登った鯉は竜になる」 
という中国の故事から、
子供の出世を願う親が鯉のぼりを泳がせるようになった、
といわれています。
その故事から、
「困難ではあるがそこを突破すれば立身出世ができる関門」 を、
登竜門(とうりゅうもん)といいます。

 

 

 こいのぼり     作詞/近藤宮子  作曲者不詳Koinoborib
 

やねより たかい      こいのぼり
大きい まごいは      お父さん
小さい ひごいは      子どもたち
おもしろそうに        およいでる

 

   『絵本唱歌』  昭和6年

 

 

 鯉のぼり        作詞・作曲者不詳
 Koinobori

いらかの波と         雲の波
重なる波の          中空(なかぞら)を
たちばなかおる        朝風に
高く泳ぐや           鯉のぼり

開(ひら)けるひろき      その口に
舟をも呑(の)まん       様(さま)見えて
ゆたかに振るう         尾鰭(おびれ)には
物に動ぜぬ           姿あり

百瀬(ももせ)の滝を      登りなば
たちまち竜に          なりぬべき
わが身に似よや        男子(おのこご)と
空におどるや          鯉のぼり

 

  『尋常小学唱歌(五)』  大正2年

 

(注)広田龍太郎が東京音楽学校在学中に作曲したといわれている。

 

 

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こどもの日

 Kodomof

こどもの日          5月5日
 

「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」
趣旨で1948年に制定された国民の祝日

 

「こどもの日」は子供の成長を祝うだけでなく、
母に感謝をする日でもあります。
しかし、「こどもの日」 の趣旨に 「母に感謝する」 ことが
明記されていることは、あまり知られていないようです。
同じ月の第2日曜日に 「母の日」 があり、この日のほうが 
「母に感謝する日」 として一般に馴染んでいます。
「母の日」はアメリカの祝日で、戦後日本にも広まりました。

 

運を開く心がけOyako
 

記念日や祝日に限らず、誰もがいつも、子供を慈しみ
お母さんに感謝しましょう。そしていうまでもなく、お父さんや
ほかの家族への感謝の気持も忘れないようにしましょう。
常に家族のありがたみが分かり、家族に感謝をしている人は、
先祖の霊に守られて、良い方向へ導かれるでしょう。

さらに、あらゆることに常に感謝の気持ちを忘れない人は、
神仏の加護と潜在意識への働きかけで、良運を開くことができるでしょう。

 

児童憲章制定記念日  5月5日Jidou
児童福祉週間       5月5日~11日

 

児童憲章前文
「われわれは、日本国憲法の精神にしたがい
児童に対する正しい観念を確立し
すべての児童の幸福をはかるために、
この憲章を定める。
 児童は、人として尊ばれる。
 児童は社会の一員として重んぜられる。
 児童は、よい環境のなかで育てられる。」

 

昨今、我が子を虐待する親が増え、そういう事件のOyakof
報道が多くなりました。
子供は国の宝、社会の宝です。
「自分の子供をどうしようと親の勝手だ」などと
思っている人はその考え違いを正しましょう。

事件となる程の虐待は特殊な例で、普通の親は子供を
大切に育てています。しかし、子供をとても愛している
つもりの親でも、時として子供の気持を無視した態度を
とってしまうことがあります。

子供をバカにしたり、むやみに子供扱いせず、
一人の人間として尊重しましょう。どうすれば良いかが
分からない人は、自分が子どもだった時のことを思い出しましょう。

 

 

背くらべ      作詞/海野 厚    作曲/中山晋平Fujia

 

1. 柱のきずは         おととしの
   五月五日の         背(せい)くらべ
   ちまきたべたべ       兄さんが
   計(はか)ってくれた     背のたけ
   きのうくらべりゃ       何のこと
   やっと羽織の        紐(ひも)のたけ

2. 柱にもたれりゃ       すぐ見える
   遠いお山も         背くらべ
   雲の上まで         顔だして
   てんでに           背伸(せのび)していても
   雪の帽子を         ぬいでさえ
   一はやっぱり        富士の山

 

    『子供達の歌 第三集』   大正12年

 

 

 

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みどりの日

 

 みどりの日      5月4日Kennrokuenn

「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」
趣旨の国民の祝日。
1989年制定。

 

この日は、2006年までは「国民の休日」でした。
2007年から、「みどりの日」と改称されて「国民の祝日」
になりました。
「みどりの日」は、2006年までは4月29日でしたが、
こちらは「昭和の日」と改称されました。

 

国民の休日

1985年、祝日を前後に挟む日は「国民の休日」にするとRyokou
決められました。5月4日は、3日の「憲法記念日」と
5日の「こどもの日」に挟まれています。
飛び飛びで祝日が集まっていた、いわゆる「飛石連休」を
続けて休みにすることが目的でした。

 

4月29日だった「みどりの日」

「みどりの日」は2006年までは、4月29日でした。
この日は、1988年までは、昭和天皇の誕生日を祝う
「天皇誕生日」という国民の祝日でした。

昭和天皇が崩御された年の1989年、この日はJet
「みどりの日」と名称が変えられました。

昭和天皇の誕生日は国民の祝日として長期にわたり
国民に定着していましたので、祝日としての存続が検討
されました。昭和天皇が自然を愛されたことにちなみ、
自然に親しむとともにその恩恵に感謝し豊かな心を
はぐくむ日として、「みどりの日」になりました。

そして、2007年より4月29日は「昭和の日」と改称され、
「みどりの日」は5月4日に移されました。

 

ゴールデンウィーク

4月29日から5月5日までの祝日や休日が多い週を、Gekijou
一般に「ゴールデンウィーク」(Golden Week)と呼んでいます。
これは1951年(昭和26年)に、映画業界で使い始めた
和製英語です。

この年の5月、映画会社の松竹と大映が、獅子文六
(ししぶんろく)原作の『自由学校』を封切りしたところ、
相乗効果でどちらも大ヒットしました。
それ以来、映画業界はこの時期を「黄金週間」と銘打ち、
観客を呼び込むキャンペーンを張りました。

当時、映画は庶民の最大の娯楽で、人々は休みの日には
映画館へ押し寄せたものでした。しかし、テレビの普及
とともに、次第に映画館へ行く人は減少しました。
その一方、「黄金週間」は「ゴールデンウィーク」という
言い方で、映画とは関係なくこの時期をさすものとして
人々やマスコミに定着していきました。

但し公共放送のNHKは、特定企業の宣伝となり得る
業界用語や商品名を使えないため、この時期を
「大型連休」と表現しています。

 

 

 わか葉  作詞/松永みやお  作曲/平岡均之

 Noudou

1.あざやかな           みどりよ
  あかるい            みどりよ
  とりいをつつみ         わらやをかくし
  かおる かおる         わか葉がかおる

2.さわやかな           みどりよ
  ゆたかな            みどりよ
  田畑をうずめ          野山をおおい
  そよぐ そよぐ         わか葉がそよぐ

  

     『初等科音楽(二)』   昭和17年

 

 

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憲法記念日

 

 憲法記念日   5月3日Nihonn

「日本国憲法の施行を記念し,国の成長を期する」
趣旨の国民の祝日。
1948年に制定。

 

日本国憲法

日本国憲法は、1946年(昭和21年)11月3日に公布され、
1947年(昭和22年)5月3日から施行されました。

「憲法記念日」はその翌年の1948年(昭和33年)に、
施行を記念して祝日に定められました。
公布された11月3日は、日本国憲法の公布を記念して
「文化の日」に定められました。

日本国憲法は、「基本的人権」「平和主義」「国民主権」のSennsya
三つの柱を基本理念としています。
特に、戦争の放棄を宣言した「平和憲法」であることが、
他の国にない大きな特徴です。

第九条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】

①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 

平和の象徴 鳩とオリーブ

オリーブの葉をくわえた鳩は平和の象徴といわれています。Peace
これは旧約聖書創世記六章以下の洪水伝説、
「ノアの方舟(はこぶね)」の物語に由来しています。

「人類の堕落に怒った神が起こした大洪水に際し、主人公の
ノアは神の命により方舟を造り、家族と一対の動物たちを
乗せて逃れ、アダムにつぐ人類の第二の祖先になった」
という話は、聖書に縁のない日本人でもよく知るところです。

洪水から約一年が過ぎ、ノアは鳥を使って水が引いたか
どうかの様子をみることにしました。地上から水が引いて
いなければ、鳥は留まる所がなくて舞い戻るだろうと考えた
のです。

最初にカラスを放ちましたが、カラスはあちこち飛びまわる
だけでした。次に鳩を放ちましたが、そのまま戻ってきました。
二度目に放たれた鳩はオリーブの小枝をくわえて戻り、
ノアは洪水がおさまったことを知りました。三度目の鳩は帰らず、
それによりノアは下船の時を知ったのでした。

それで鳩とオリーブは、地上に平穏が戻り、人類の復活が
始まったことのシンボルととらえられるようになりました。
そして第二次世界大戦後、平和を願う活動や団体の
ポスターや旗に、鳩やオリーブが用いられ、
「平和の象徴」のイメージは、世界的に定着しました。

 

 

     鳩     作詞・作曲者不詳 文部省唱歌

 Hato

1.ぽっ ぽっ ぽっ           鳩ぽっぽ
  豆がほしいか            そらやるぞ
  みんなで仲善(よ)く         食べに来い

2.ぽっ ぽっ ぽっ           鳩ぽっぽ
  豆はうまいか            食べたなら
  一度にそろって           飛んで行け

      『尋常小学唱歌(一)』   明治44年

 

 

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八十八夜

 

八十八夜 (はちじゅうはちや)   5月1日Hujityabatake

「立春」 から数えて88日目。 雑節の一つ。
農事上の重要な節目とされ、茶摘みや種蒔き、苗の植え付けなどの目安の日。

 (雑節・・・ 二十四節気以外の季節の目安になるような節目の日)

 

八十八夜の別れ霜

八十八夜の頃に降りる霜。
この頃が最後の霜で、これ以後は降りないといわれる。

この頃は、作物の種まきや苗を植えつけるのに、農家の人が最も忙しい時期です。
また、八十八を組み合わせると米の字になるので、農家ではこの日を大事にします。

 

茶摘み

八十八夜の頃は、茶所(ちゃどころ)では茶摘みの最盛期となります。Tyanoyuc
八十八夜の日に摘んだ茶の葉は極上で、栄養価も高いといわれています。
また、この日に茶を飲むと長生きするといいます。

 

緑茶の日

八十八夜が茶摘みの最盛期ということから、
「日本茶業中央会」 が 「八十八夜」 を 「緑茶の日」 と設定しました。
八十八夜は年によって日が移動するために、
平年は5月2日、閏年は5月1日に実施されています。

 

朝茶は一日の難をのがれる

「朝茶は七里戻っても飲め」Asatya
「朝茶は三里行っても飲め」
ということわざや言い伝えがあります。

朝飲むお茶は福を呼び、その日の災難を遠ざけるといわれています。
毎朝仏壇にお茶を供え、仏様と一緒に自分もお茶をいただきましょう。
仏壇のない家でも、必ずお茶を飲んでから出かけましょう。

その朝茶に茶柱が立つと、縁起が良いとされます。
その日はきっと良いことがあるでしょう。

茶は、平安時代は貴重品であり、貴族の儀式や行事の時に飲まれるだけでした。
当時は、茶を火にあぶってから粉末にし、湯に入れて煮たそうです。
鎌倉時代には、寺院で薬用として広く飲まれ始めました。
江戸時代になって、茶葉のエキスを浸出させて飲む煎茶が普及し、
体に良いとして庶民の間にも広まりました。
そして、朝出掛けに飲むと一日の難を逃れる、といわれるようになりました。

現代では、緑茶が健康に良いことは、医学的・科学的に分かっています。
緑茶は、がんや生活習慣病の予防に効果があります。
抗酸化力、抗菌力のあるカテキンをはじめ、ビタミンC、E、A、ミネラル、
フッ素などを豊富に含んでいます。

科学的に証明はできなくても、古くから茶の効用は人々に知られていたということです。
言い伝えや俗信を全く信じない人も、是非、朝茶の習慣を持ってください。

 Tyabatake

茶摘     作詞・作曲者不詳   文部省唱歌
 

1. 夏も近づく      八十八夜
   野にも山にも    若葉が茂る
   「あれに見えるは  茶摘(ちゃつみ)じゃないか
   あかねだすきに  菅(すげ)の笠(かさ)」

2. 日和(ひより)つづきの  きょうこのごろを
   心のどかに      摘みつつ歌う
   「摘めよ摘め摘め  摘まねばならぬ
   摘まにゃ日本の   茶にならぬ」

 

    『尋常小学唱歌(三)』  明治45年

 

 

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メーデー

 

 メーデー(May  Day)   5月1日Mayday

労働祭。 労働者のお祝い。
働く人々が団結する日。
国際的な労働者の祭りであり、国により
「Labor Day」「Worker's Day」などの名称がある。

 

起源

1886年5月1日、アメリカの労働者が8時間労働制の
要求を決め、示威運動(デモ)を行いました。

この英雄的な行為を記念して、
1889年の第二インターナショナル創立大会で、この日を
「May Day(メーデー・五月の日)」と決定し、世界の働く
人々の団結する日としました。

翌年の1890年からは、5月1日に世界各地で
デモンストレーションが行われるようになりました。

日本では1920年(大正9年)、日曜日だった5月2日に
上野公園で第一回大会が開かれました。翌年からは
曜日に関わらず、5月1日に行われるようになりました。
1936年(昭和11年)以後は、政府の弾圧で禁止され
ましたが、戦後の1946年(昭和21年)に復活しました。

 

五月祭とメークインMaypole

ヨーロッパでは、「May Day」(メーデー・五月祭)という
春の訪れを祝う祭りが行われます。

国際的労働祭の「メーデー」と同じ名称で、やはり通例
5月1日に行われます。こちらの「メーデー」は中世から
続く伝統の行事です。

村人や子供達は、村の広場に立てたメイポールに
つないだリボンを持ち、ポールの周囲を踊りながら回ります。
村娘の中から「May Queen」(メイクイーン・五月の女王)を
選び、花の冠を被せ村を行進します。

ジャガイモの品種「メークイン」はイギリスで作出され、
この「五月の女王」にちなんで名付けられたそうです。

 

 

靴が鳴る    作詞/清水かつら 作曲/広田龍太郎

 Kutuganaru

1.お手てつないで       野道をゆけば
  みんな可愛い        小鳥になって
  唄をうたえば         靴が鳴る
  晴れたみ空に        靴が鳴る

2.花をつんでは        お頭(つむ)にさせば
  みんな可愛い        うさぎになって
  はねて踊れば        靴が鳴る
  晴れたみ空に        靴が鳴る

 

     『少女号』   大正8年  

 

 

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