大晦日
一年の最後の日。
新年の準備を整え、夜は寝ないで歳神様を迎える。
晦日(みそか)
昔は、月末を「みそか」と言っていました。
一年最後の日となる12月の「みそか」は
大きなみそかで、「おおみそか」と言いました。
月末は「つごもり」(晦)ともいうので
「大つごもり」という言い方もあります。
除夜と寝正月
除夜(じょや)とは大晦日の夜のことで、
「夜を除く」と書く通り、寝ないで夜を明かすことです。
昔は日暮れから日暮れまでが一日でした。
大晦日の夜には、すでに正月が始まっていたのです。
日本では昔から、年越しの夜は家族全員で家に籠(こ)もり、
眠らないで歳神様をお迎えする、という風習がありました。
大晦日の日没と共に正月の祭りが行われ、夜明けまで
寝ないのが作法だったのです。徹夜で神に仕えた後の
元日は、昼間寝ることを許され、「寝正月」といわれました。
現代人は、真夜中の午前0時に日付が変わることを
当たり前に思っていますが、実はこの歴史は浅い
ものなのです。伝統の行事には、昔ながらの考え方で
行われているものが数多くあります。
除夜の鐘
大晦日の夜には、日本中のお寺で除夜の鐘が撞(つ)
かれます。除夜の鐘は仏教思想に基づいた行事で、
中国宋代に始まったといわれています。
日本では、奈良時代には鐘を鳴らす習慣があった、
とされています。
百八つ鳴らすのは、十二ヶ月と二十四節気、七十二候を
合計した数だといわれています。
後に、人間には108の煩悩(ぼんのう)があり、
それを祓(はら)うために百八つの鐘を鳴らすのだ、
といわれるようになりました。
仏教の教えでは、除夜の鐘の音を聞くと一年の苦しみや
悲しみなどから開放され、新たな気持ちで新年を迎えられる、
といわれています。
鐘の撞き方には、午前0時になってから撞き始める所、
107回までを年内に撞き、最後のひとつを新年になってから
撞く所など、各寺院により作法があります。
年越しそば
大晦日には「年越しそば」を食べる風習があります。
かつては、「一日は夕方から始まり夕方で終わるもの」
と考えられていました。ですから、大晦日の夕方はもう
正月の始まりだったのです。昔の時間感覚で言えば、
「年越しそば」は、文字通り「年越し」なのでした。
年越しそばは、「細くて長いそばを食べて縁起をかつぎ、
長生きできるように願ったもの」といわれています。
江戸時代の商人は、忙しい月末には夜遅くまで働くため、
素早く手軽に食べられるそばを夜食として好んでいました。
それを真似て、家庭でも忙しい大晦日に食べたところから
広まったとされています。
今では、そばはビタミンB群やたんぱく質、ポリフェノールの
一種であるルチンや食物繊維などを多く含み、健康食として
知られています。そばをよく食べれば健康に恵まれるであろう
ことは、多くの人に期待できることです。(但し、アレルギーの
有る人は例外です。残念ながら私自身はそばアレルギーです。)
また近年は日本蕎麦に限らず、うどん、中華そば、
パスタなどと麺類なら何でも良いとする風潮になっています。
大晦日に年越しそばを食べるとお金に困らない
年越しそばを食べると、「長生きできる」というのは
よく知られていますが、大晦日に年越しそばを食べると
「お金に困らない」とか「お金がたまる」ともいわれています。
江戸時代、大阪の金銀細工師は一年の仕事納めの日に、
飛び散った金銀の粉を集めるために、練ったそば粉で
団子を作りそれで床や畳をたたきました。そして金粉銀粉が
くっ付いた団子を火で焼くと、そばは灰になり金銀の粉だけが
残りました。
こうしたことから、そばは金銀を集める縁起の良いものとされ、
お金に困らないよう願いを込めて食べられるようになった
といわれています。
この言い伝えは、そばを「蕎麦掻き」(そばがき)として
食べていた頃のものだそうです。つまり、まだそばを
細長く加工できなかった時代のことなので、こちらの
「お金がたまる」の言い伝えの方が「長生きできる」の
言い伝えより古いものと考えられます。
そばは、元々は水で練って煮たり、餅のように焼いて
食べていました。江戸元禄の頃に、つなぎを入れて
細長くできるようになったということです。
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