大寒

 Naganod

大寒(だいかん)   1月21日

二十四節気の一つ。小寒から15日目頃。
太陽の黄経が300度の時。旧暦十二月の中(ちゅう)。
小寒から節分までの30日間を寒の内といい、
その真ん中に当たる。
寒さが最も厳しくなる頃を意味する。
大寒の終わりを「寒明け」という。

 

二十四節気

二十四節気(にじゅうしせっき)とは、太陽の黄経に従って
1年を24等分し、それぞれの季節にふさわしい名を付けたものです。
太陰暦では1ヶ月が29日か30日となり、1年が354日しかないため、
実際の月日と季節にずれが生じてしまいます。Dainitigatake
そこで中国では、季節を知るために太陽の動きに合わせた
二十四節気が作られ、日本にも導入されました。

季節   名称
春    立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨
夏    立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑
秋    立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降
    立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒

 

七十二候

「七十二候」(しちじゅうにこう)とは、各節気を三分して
一年を七十二候にし、時候の変化を示したものです。

大寒は、Kenndou
初候 「蕗の花咲く」   (ふきのはなさく)
二候 「水沢腹く堅し」  (さわみずあつくかたし)
三候 「鶏始めて乳」  (にわとりはじめてとやにつく)
頃と解説されています。

七十二候は自然や気象の変化、動植物の活動などを表しています。

 

太陰太陽暦

日本の旧暦のことで、太陰暦と太陽暦とを折衷した暦です。
月の動きに合わせて月日が考えられ、
太陽の動きに合わせて季節が考えられていました。 Nitibu

 

寒稽古(かんげいこ)

寒稽古とは、寒さに耐えて武道や歌舞音曲などの
稽古をすることです。

寒の入り(小寒)から寒明け(節分)までの寒の内は、
一年で最も寒い時期です。この期間の早朝や深夜に、
寒稽古(かんげいこ)、寒復習(かんざらい)を行います。
寒さの中で体や技芸を鍛錬することを目的とします。
海や川では寒中水泳も行われます。Judo

また、跣(はだし)参り、裸(はだか)参り、寒垢離(かんごり)、
寒念仏(かんねぶつ)などの宗教的な行事も行われます。

 

寒中見舞い

「寒中見舞い」とは季節の挨拶状です。
寒さの厳しい時期に、相手の健康を気遣う(見舞う)のが目的です。
加えて、自分の近況を簡単に報告する場合もあります。

喪中の時や、何らかの理由で年賀状を出せなかった時に、
年賀状に代わって出すことがあります。
年賀欠礼の挨拶状を受け取った側が、
年賀状の代わりに出すこともあります。

寒中見舞いは、寒の入り(小寒)から寒明け(節分)までのFuyu
寒の内に出します。
相手方には、松の内過ぎから立春前に届くようにしましょう。
(松の内は地方により異なります。)

一般に日付を「1月21日」と大寒の日したり、「大寒」と書く例が多く、
このあたりとするのが無難であると思われます。
なお、立春(2月4日頃)を過ぎたら、「余寒見舞い」とします。

 

 

       作詞・作曲者不詳  文部省唱歌

 Kotatu

1.雪やこんこ          霰(あられ)やこんこ
  降っては降っては      ずんずん積(つも)る
  山も野原も          綿帽子かぶり
  枯木残らず          花が咲く

2.雪やこんこ          霰(あられ)やこんこ
  降っても降っても       まだ降りやまぬ
  犬は喜び           庭駈(か)けまわり
  猫は火燵(こたつ)で     丸くなる

 

   『尋常小学唱歌(二)』  明治44年

 

 

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歌会始

 

宮中歌会始(きゅうちゅううたかいはじめ) 1月16日Tannkab
                          
(平成20年)

宮中で行われる、新年最初の歌会。
新年儀式のひとつ。
天皇・皇后および皇族の和歌や国民の詠進歌が披講される。

 

皇室での歌会は、古くから行われていました。
宮廷では、歌を詠み競う会がしばしば行われ、
歌を募集することもありました。

十世紀の初めから、天皇の命により、歌を集め編集する
勅撰和歌集が作られるようになりました。
以後、和歌は日本文学の主流となり、
貴族から武士、町人へと広がりました。

「歌会始」が年中行事となったのは、1869年(明治2年)、
華族などに詠進を許されて行ったのが始まりです。
明治7年には、お題を公表して一般人の栄進歌を
受け付けるようになりました。
この詠進歌は、はじめは天皇がご覧になるだけでしたが、
明治12年から、すぐれた選歌が式場で披露されるようになりました。
昭和25年からは、入選者が式に出席するようになりました。
歌会の方式は「万葉集」の時代とほぼ同じだそうです。
 

(注)
詠進(えいしん)…詩歌を詠んで朝廷や神社に献上すること。
           宮中歌会始の勅題に対し、詠草を進献すること。
勅題(ちょくだい)…天皇出題の詩歌の題。歌会始の題。
詠草(えいそう)…和歌・俳句などの草稿。
披講(ひこう)…詩歌の会や歌合わせなどで詩歌を読み上げること。
          また、その役に当たる人。
                                   (広辞苑)

 

歌会始の儀 (平成20年)

1月16日午前、新春恒例の宮中行事「歌会始の儀」がFirea
皇居宮殿で行われました。
今年のお題は「火」でした。

天皇、皇后両陛下と皇族方、召人(めしうど)、選者のほか、
22,321首の応募作の中から、選ばれた10人が出席し、
古式にのっとった独特の節回しで歌が朗詠されました。
この「歌会始の儀」は、皇居正殿松の間からNHKテレビにより
生中継されました。

天皇陛下は、昨年の秋田国体開会式に出席された際の情景を、
皇后さまは、地方訪問での提灯奉迎を受けられた際の喜びを
詠まれました。

天皇陛下
炬火台に火は燃え盛り彼方なる林は秋の色を帯び初む

皇后さま
灯火(ひ)を振れば彼方の明かり共に揺れ旅行(ゆ)くひと日夜(よる)に入りゆく

 

他の方々の歌は、宮内庁のホームページをご覧下さい。

宮内庁ホームページhttp://www.kunaicho.go.jp/
平成20年歌会始の御製・御歌・詠進歌http://www.kunaicho.go.jp/utakai/utakai-h20.html

また、来年(平成21年)のお題は「生(せい)」と発表されました。
「生」の文字を使用していれば「一生」、「生(い)く」「生きる」、
「生む」、「生(お)う」などとしても差し支えないそうです。
詠進要領(応募要領)は、宮内庁ホームページに掲載されています。

宮内庁ホームページhttp://www.kunaicho.go.jp/index.html
平成21年歌会始のお題及び詠進要領http://www.kunaicho.go.jp/12/d12-08.html

 

 

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藪入り

 

藪入り(やぶいり)  1月16日Takey

奉公人が正月と盆の16日に、主家から休暇をもらうこと。
または、その日をいう。
親元に帰ったり、祖先の墓に参ったり、
あるいは知己を訪ねたりする。

 

薮入りは古くから行われており、初めは正月だけでしたが、
江戸中期からは、7月にも薮入りをさせるようになりました。
正月の「薮入り」に対して、7月のものを「後の薮入り」といいます。

この日は、もともとは先祖の霊を祀る日であり、
そのための里帰りであって、奉公人だけでなく、
嫁や婿(むこ)も里(実家)に帰りました。

それが次第に慰労のための休暇となり、
芝居見物をしたり、遊びに行くようにもなりました。

 

薮入りの起源

何故この日に休みを与えるようになったかについては、Simekazarid
明確ではありません。

仏教ではこの日を「閻魔(えんま)の賽日(さいにち)」といい、
地獄の釜の蓋(ふた)が開いて、亡者も責め苦を免れる日
とされています。

「罪人を責めていた地獄の鬼さえもこの日は休むから、人間も仕事を休む」、
あるいは
「亡者の責め苦のような辛い仕事から解放させる」、ということのようです。

また、中国では、無病息災を祈願して正月16日に寺で遊ぶ風習があり、
これが伝わったともいわれています。

いずれにせよ、正月と盆は先祖の霊を祀る大切な行事があるので、
里に帰して参加させるという考えから始まった風習であると思われます。

 

薮入りの語源

なぜ「やぶいり」というかについても、諸説あります。Kadomatue

奉公人が親元に宿入り(帰る)するからという説。(宿は生家のこと)
藪の深い田舎に帰るからという説。
父を養うために帰るからという「養父(やぶ)入り」説。
里の藪伐り(きり)や藪焼きを手伝いに帰った(これを薮入りという)からとする説。
郷里の遠い人が、藪林(そうりん)・寺に入って遊んだからとする説、
祭祀には野巫(やぶ)と呼ばれる陰陽師が欠かせないので、
「野巫要り(やぶいり)」からとする説、などがあります。

 

盆と正月が一緒に来たよう

非常に忙しい様子のたとえ(A)と、
嬉しいことや楽しいことが重なることのたとえ(B)として、
「盆と正月が一緒に来たよう」という慣用句があります。

決まった休暇の無い昔の奉公人にとって、
盆と正月は一年に二度しかない貴重な休みでした。
また、住み込みで奉公しているため、親や家族に会えることも
盆と正月以外には、ほとんどありませんでした。

(B)の例は、暇をもらった奉公人の嬉しさがどれほどだったか、
ということをも表している表現ではないでしょうか。

 

運を開く心がけ Sisimai

現代でも、盆と正月は帰省して家族と過ごし、
先祖を祀る風習が続いています。
しかし、そういう習慣を無視している人々も増えています。

盆と正月はただの休暇ではなく、先祖を祀り、
家族の絆を強め、家族と先祖に感謝するための
休日であることを忘れないようにしましょう。

その心がけがあれば、歳神様・盆神様・ご先祖様に守られ、
良い方向に導いてもらえることでしょう。

 

 

 浜千鳥   作詞/鹿島鳴秋  作曲/広田龍太郎

 Umih

1.青い月夜の          浜辺には
  親を探して          鳴く鳥が
  波の国から          生まれ出る
  濡れた翼(つばさ)の     銀の色

2.夜鳴く鳥の          悲しさは
  親を尋(たず)ねて      海こえて
  月夜の国へ          消えてゆく
  銀の翼(つばさ)の      浜千鳥

 
    『少女号(新年号)』  大正8年

 

 

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左義長

 Simekazarib

左義長(さぎちょう)    1月15日

歳神(年神・としがみ)様を見送る、小正月の火祭り行事。
門松や注連縄(しめなわ)などの正月飾りを持ち寄って燃やす。
燃やす時の煙に乗って、歳神様が帰っていくとされる。

 

左義長・どんど焼きの起源

左義長は、平安時代の「三毬杖」(さぎっちょう)という
宮中行事を由来とする説が有力です。
宮中では、正月に青竹を束ね立てて毬杖(ぎっちょう)三個を結び、
これに扇子・短冊・吉書などを添えて焼くという邪気祓いの儀式が
行われていました。

この行事が民間の道祖神信仰と結び付いて、
豊作を祈願して正月飾りを焼く行事になった、とされています。
他に、鳥追い行事からの「鷺鳥」(さぎちょう)ではないか、という説、
中国の正月行事である爆竹からきた、とする説などもあります。

火祭りの名前は、地方により「左義長」「どんど焼き」「どんと焼き」
「道祖土焼(さいとやき)」「鬼火焚(おにびたき)」「御幣焼(おんべやき)」
「三九郎(さんくろう)」「ほっけんぎょう」など、さまざまです。
 

(注)  毬杖・毬打(ぎっちょう)
     正月行事の童子の遊戯に使用する、毬を打つ長柄の槌。

 

火を焚いて邪気を払うFirea

昔の人は火を「神聖なもの、特別なもの」と、とらえていて、
邪気や悪霊を払うと考えていました。

左義長の火に当たると若返るとか、尻をあぶると長生きする
といわれています。この火で焼いた餅や団子、芋を食べると
その年は無病息災であるとされ、棒に突き刺した餅を焼いて
食べるのは行事の楽しみとなっています。

 

燃え方で吉凶を占う

昔の人は左義長の火の燃えるときの様子を見て、
吉凶を占ったりしました。
燃え方や燃える音、煙の流れる方向で、
その年の農作物の豊凶が占われました。

燃える音が大きくはぜ、灰や火の粉が高く舞い上がると
縁起が良いとされています。
また、正月の書き初めを火にかざして、
高く舞うと字が上手になるといわれています。
灰を持ち帰って、体に塗ったり、家の周囲にまく地方もあるそうです。

 

 

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小正月

 

小正月(こしょうがつ)   1月15日Motibana

満月を年の始めとする暦による、古い正月。
もう一つの正月とされ、地方により「二番正月」
「望(もち)正月」「若正月」「花正月」などという。

 

古い時代の日本は太陰暦で、「望(もち)の日」(満月の日)を
月の節目としてきました。つまり、満月から満月までを一ヶ月
としていたので、元日はもとは旧暦の1月15日だったのです。
お盆が今でも15日を中心としているのは、その名残りです。

持統天皇の頃(690年)、太陰太陽暦(旧暦)が使われ始め、
暦上の1月1日が元日とされました。
太陰太陽暦とは、太陰暦と太陽暦を折衷した暦のことで、
新月の日をその月の始め(一日)とします。

以来、朝廷が決めた正月を「大正月」、
昔ながらの正月を「小正月」と呼ぶようになりました。

 

小正月の行事

小正月に重要な行事が多いのは、元来は15日がWasyokus
正月行事の中心であったためです。
朝廷が1月1日を正月と定めた後も、農村や民間では
大正月より小正月のほうを重視していました。
地方によっては、現在も小正月ほうを重要視しています。

小正月には、豊作や開運を祈願する祭事や、
豊凶を占う呪術的な儀礼が数多くあります。

代表的なものでは、どんど焼き・左義長などの火祭りがあります。
他にも、ナマハゲ、鳥追い、成木・生木責め(なりきぜめ)、
粥占の神事、歩射(ぶしゃ)神事、石合戦、綱引きなど、
各地で様々な祭事があります。
また、この日を「女正月」と呼んで、大正月で多忙だった女性を
休ませる地方もあります。

 

餅花(もちばな) 繭玉(まゆだま)

大正月の門松に対し、小正月には、「餅花」や「繭玉」を
神棚や床の間などに飾ります。

「餅花」は、柳や樫などの枝に小さく丸めた餅や団子を
沢山つけたもので、稲の花を表し、穀物の豊作を祈ります。
「繭玉」は餅花の一種で、蚕(かいこ)の安全を祈り、
良い繭ができることを願います。

 

 

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成人の日

 Seijinn

成人の日   1月14日(第2月曜日)

「おとなになったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます」
という趣旨の国民の祝日

 

1月15日

「成人の日」は、1948年に1月15日と制定された国民の祝日です。
1月15日は小正月。
かつて「元服の儀」が行われた日です。
2000年から、3連休になるように1月の第2月曜日に変更されました。

 

成人式  成年式 ・成女式

成人の日には、成人に達した人を祝う公共の儀式として、
地方自治体などで「成人式」が行われます。
この成人式とは別に、満20歳の誕生日に、
大人になった祝いをする家庭も多いことでしょう。Beer

現在では、満20歳をもって成人とされますが、
昔は今よりはるかに若く、成年式・成女式が行われました。

例えば、奈良時代以降の貴族や武家社会では、
男子が15歳頃に「元服」(げんぷく)、
女子は13歳頃に「髪上げ」(かみあげ)
という儀式を行いました。

庶民の間でも、男子は「褌祝」(へこいわい・ふんどしいわい)、
女子は「湯文字祝」(ゆもじいわい)などという儀式がありました。
どちらも十代半ば頃に行われ、成年式を済ませることによって、
一人前と認められ、結婚の資格もできました。

成人になると様々な権利を得ますが、責任も持つことになります。
そのことは、昔も今も変わりません。
大人としての自覚を、しっかりと持ちたいものです。

 

成年

民法の第三条に「満二十年を以て成年とす。」Sennkyoa
と定められています。(民法第一編第一章第二節 能力)

「年齢計算に関する法律」と、民法第一四三条によりますと、
成年は、誕生の日から起算、暦に従って計算し、20年目の
誕生日前日の満了をもって、達せられることになります。
(言いかえると、誕生日前日の24時・当日の00時ということ)

また、民法第七五三条では、「未成年者が婚姻をしたときは、
これによつて成年に達したものとみなす。」とあります。
つまり、未成年者でも結婚をすれば(男18歳・女16歳以上)、
一人前の大人として扱われるということです。

 

選挙権Sennkyob

選挙権の要件としては、公職選挙法で
「年齢は満20年以上」と定められています。

選挙権・被選挙権などの参政権は、今でこそ年齢さえ達すれば
男女平等に有りますが、戦前は女性には無く、また男性でも
身分や収入により差別や制限が有りました。

そしてこの現代でさえ、人々が当然の権利を有していない国は沢山あるのです。
「誰もが平等」という素晴らしい時代、民主主義の日本に生きている私たちです。
国民の権利としての一票を、無駄にしないようにしましょう。

(注)
18歳選挙権が導入されようとしています。
憲法改正についての国民投票法で、国民投票の投票権年齢を
18歳に定めたことから、選挙権年齢も18歳に引き下げようと、
見直しの対象になっています。
2007年5月「国民投票法」成立。施行は早くて3年後(2010)。

 

通過儀礼

人が成人式を迎えるまで、次のようなお祝いがあります。Obiiwai

帯祝い(おびいわい)

 妊娠5ヶ月目の最初の戌(いぬ)の日に、妊婦が腹帯(岩田帯)を
 巻いて、安産を願う儀式です。 近親者を招いて、赤飯を振る舞います。
 戌の日に行われるのは、犬のお産が軽いことから縁起をかついだものです。
 氏神様で祈祷を受けた腹帯が、実家から米や小豆と共に贈られます。

お七夜(おしちや)

 生後7日目の祝いです。
 名付け披露といって、この日に命名を行います。
 親族が集まり、新生児と産婦にお祝いの品を贈り、
 産家側では祝い膳で皆をもてなします。

お宮参り(おみやまいり)Omiyamairi

 生後初めて氏神様に参拝することです。
 初宮参り(はつみやまいり)ともいいます。
 子どもが無事に生まれたお礼を述べ、将来の加護を祈ります。
 地方により様々ですが、男児は32日目、女児は33日目に
 参るのが一般的です。

お食い初め(おくいぞめ)

 生まれた子どもに、食事の真似事をさせる儀式です。
 食べ初め(たべぞめ)ともいいます。
 子どもが一生食べ物に困らないように、と祈ります。
 地方により違いがありますが、生後100日目から
 120日目にするところが多いようです。

初誕生祝い(はつたんじょういわい)

 子どもが初めての誕生日を迎えた祝いです。Okuizome
 子どもに一升の餅または米を背負わせ、
 歩く真似事をさせて、子どもの成長を祝い喜びます。
 餅を親族や隣近所に配り、一緒に祝ってもらいます。

初節句(はつぜっく)

 生まれた子どもが初めて迎える節句です。
 女児は三月三日、男児は五月五日になります。
 里方や親類から祝いの品が贈られ、子ども側からは
 ご馳走を振る舞ったり、赤飯や菓子などを配ります。

七五三

 3歳の男女、5歳の男児、7歳の女児が、氏神様に参詣し、
 成長を報告し加護を祈ります。
 千歳飴(ちとせあめ)で縁起をかつぎ、長生きを願います。

十三参りWahukua

 数え年13歳になった子どもが、4月13日に(旧暦3月13日)に
 虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)にお参りします。
 子どもの成長を報告し、福徳・知恵・音声を授けていただきます。
 心身共に子どもから大人へと変わる時期であり、
 服装も大人と同じような盛装をして、気を引き締めます。

初潮

 初めて月経を見ることで、赤飯を炊いてお祝いをします。

 昔は初潮を見ることで成人のしるしとされ、成女式を行い
 神社に参拝しました。大体13歳頃で初潮をみたので、
 「十三の祝い」とも呼ばれました。
 のちには初潮の有無にかかわらず、13歳で成女式を行う
 風習が広まり、これが「十三参り」の起源であるといわれています。
 江戸時代には赤飯を炊いて祝うようになりました。
 初潮は大部分が15歳位までに見ますが、
 現在では10歳前後で迎えることも多くなりました。

 

運を開く心がけ

人が成人に達するまでのお祝いについて、代表的なものをKazokus
前述しましたが、この他にも、入園・卒園祝い、入学・卒業祝い、
合格祝いなど、多くのの祝い事が行われます。

子どもは、神々と肉親、そして周りの沢山の人々や、
社会からの祝福を受けながら成長して行きます。
自分ひとりで育ったようなつもりでいると、
神々の加護も、人々の守護も失ってしまいます。
常に感謝の気持ちを忘れないようにしましょう。

感謝の気持ちを抱いて日々を暮らす人には、
必ず神仏が良運を授けてくださいます。

 

 

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鏡開き

 

鏡開き(かがみびらき)  1月11日Kagamimotik

正月に歳神様に供えた鏡餅を、手や木槌(きづち)で割り、
雑煮や汁粉に入れて食べる習慣。
神様から生命力をいただき、一家の円満を願う。

 

「開く」は、「切る」・「割る」の忌み言葉

平安朝時代、新年の行事として、鏡餅、大根、瓜、押鮎、猪、鹿
などを食べて、長寿を願う「歯固め」(はがため)の儀式が行われていました。
この習慣が、室町時代になって、武家階級の行事となりました。

武家では、縁起をかついで、「切る」、「割る」という言葉を避け、
「開く」という言葉を使いました。そして固い鏡餅を、刃物を使わずに
手や木槌で割ったり砕いたりしました。Moti

鏡開きは、元々は1月20日に行われていたのですが、
江戸時代、三代将軍家光の忌日(きにち)となったため、
11日の蔵開きの日に改められました。

(注)蔵開き
新年に初めて蔵を開くこと。多くは1月11日としている。
商家では鏡餅で雑煮を作り、商売繁盛を祈る。

 

忌み言葉(いみことば)

忌詞・忌言葉…
 『 ①不吉な意味や連想をもつところから、忌みはばかって使用を避ける語。
   ②忌詞1の代りに用いる語。』   (広辞苑)

つまり、「いみことば」には、使用を避けたい言葉と、
その代わりに用いる言葉の両方の意味があります。

① の例Cakek
婚礼の時、   「去る」「切る」「帰る」「戻る」「別れる」などは、使用を避ける。
お悔やみの時、 「重ねる」「重ね重ね」「返す返す」「再び」などは、使用を避ける。
②の例 
結婚式で「ケーキを切る」ではなく、「ケーキにナイフを入れる」、
「終える」を、「お開きにする」、などと言い換える。
人が「死ぬ」を、「亡くなる」「旅立つ」などと言い換える。

上記のような特別な場面以外でも、
梨の「なし=無し」を「有りの実」、数の四「し=死」を「よ・よん」、
「する」を避けて「スルメ」を「アタリメ」、「すり鉢」を「あたり鉢」
などと言い換える人がいます。

他にも、信仰上の理由や特定の職業で、
避けられたり言い換えられたりする言葉があります。
地方によっても色々なバリエーションがあります。

 

 

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七草

 Matuh

七草(ななくさ)    1月7日

七草節句・七種節句(ななくさぜっく)の略。
五節句のひとつ。
七日正月、七草の祝い、人日(じんじつ)の節句ともいう。

七草粥(ななくさがゆ)を食べて、無病息災と五穀豊穣を願う。

 

五節句(節供)

1月7日…人日(じんじつ)
3月3日…上巳(じょうし)
5月5日…端午(たんご)
7月7日…七夕(しちせき)
9月9日…重陽(ちょうよう)

 

七草粥と七種粥

古代中国では出世を願って、1月7日に7種類のAzuki
若菜を入れた吸い物を食べる習俗がありました。

これが日本に伝わり、宮中では平安時代から
七種の野草を入れた羹(あつもの)を食べる、
「七草の祝」が行われるようになり、神に捧げて
五穀豊穣を祈り、無病息災であるよう願いました。

もともと宮中では、1月15日に米、粟(あわ)、黍(きび)、
ヒエ、ミノゴメ(ムツオレグサ)、ゴマ、小豆(あずき)の7種類の
穀物を入れた「七種粥」(ななくさがゆ)を食べる習慣がありました。

これらの行事がもとになり、江戸時代には民間でも
春の七草を入れたお粥を食べる風習が広まったといわれています。

「七種粥」は後に小豆だけが残された「小豆粥」となり、
現代でも十五日粥として食べる習慣があります。
そのためか今では、若菜の「七草粥」と穀物の「七種粥」は、
混同されているようです。

七草粥を食べると、一年の邪気を払い、
その年は病気をしないと言い伝えられています。

 

正月明けの滋養食

寒いうちから芽を出す野草の強い生命力にあやかって、Aona
一年の健康を願うという七草粥ですが、とても理にかなっていました。

春の七草は、野菜が不足しがちの時期にビタミンや
ミネラルが補える、薬効の高い食材ばかりです。
お粥は、正月の暴飲暴食で弱った胃腸をいたわってくれる
消化の良い食べ物です。

このように栄養があり、胃腸にやさしい七草粥なのですが、
旧暦の1月7日は、今の2月中旬頃のことなので、
新暦1月7日では、野草はまだ芽を出していません。
それに現代は都市化が進み、野草を採集することも
困難になりました。代わって農家で温室栽培されたものが、
セットになって売られています。

今では真冬でも様々な青菜類が手に入るので、
野菜不足ということはありません。
しかし縁起を祝って是非この日には、七草にこだわらずとも
何か青菜を入れたお粥か雑炊を食べるようにしましょう。

そうすればきっと、これからの一年を健やかに過ごすことができるでしょう。

 

春の七草Kabu

春の七草は、時代や地方により違いはありますが、
標準的なのは、鎌倉時代に和歌として歌われた次の7種類です。
但し、旧暦の1月7日は今の2月中旬から下旬頃のことです。
新暦1月7日の、いわば真冬に、野生の草を見つけて摘むことは、
一部の温暖な地域を除いて、普通では不可能です。

セリ     セリ科     別名 カワゼリ・ミズセリ・シェリコ
ナズナ    アブラナ科  別名 ペンペングサ・スズグザ
ゴギョウ   キク科     別名 母子草(ハハコグサ)・ホウコグザ・オギョウ
ハコベラ   ナデシコ科  別名 ハコベ・ウサギグサ・ヒヨコグサ
ホトケノザ  キク科     別名 田平子(タビラコ) 
                     (注)仏の座(ホトケノザ)というシソ科の野草とは別種
スズナ    アブラナ科  カブのこと  若い葉を食べる
スズシロ   アブラナ科  ダイコンのこと  若い葉を食べる

 

春の七草の覚え方

短歌調で覚えます。Daikonn

  五  せり・なずな
  七  ごぎょう・はこべら
  五  ほとけのざ
  七  すずな・すずしろ
  七  これぞななくさ(はるのななくさ)

ついでに秋の七草も覚えましょう。

  五  はぎ・すすき  
  七  ききょう・なでしこ
  五  おみなえし
  七  くず・ふじばかま
  七  あきのななくさ(これぞななくさ)

春秋で、似た音、似たリズムになっています。
舌の動きも滑らかであるよう、考えてあります。
是非、セットで覚えてしまいましょう。

(注)
秋の七草は、観賞用か薬用で、食用ではありません。

 

 

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松納め

 Kadomatub

松納め(まつおさめ)    1月7日

門松を取り払うこと。正月祭事の最終日。
松下ろし(まつおろし)ともいう。

地域や風習により、三日、五日、六日、十五日などに
松を降ろすところもある。

 

松過ぎ

門松は、歳神(年神)様の依り代です。
この日に門松や注連飾り(しめかざり)を外し、
歳神さまが帰られます。

七日までは「松の内」、後の日々を「松過ぎ」といいます。
人々は、正月が終わり平日に戻った、という気分になります。

 Hayasin

鳥総松(とぶさまつ)

門松を取ったあとの穴に、その松の小枝を折って挿しておきます。
鳥総松といい、これが根付くと縁起が良いとされます。

鳥総(とぶさ)とは、梢や枝葉の茂った先のことです。
昔、木こりは木を切った後に、切った梢をその株に立てて
山の神を祀りました。

 

初荷

江戸時代、問屋や商店などは元日を休んだだけで、
二日には店を開けたそうです。
正月二日、その年初めて入荷した商品が「初荷」(はつに)です。

この日、荷車や荷船は、商品を高く積み上げて美しく飾り、
旗をひるがえして売先に届けました。
荷車を引かせた馬や牛にも晴れ着を着せました。
現在はトラックに代わりましたが、やはり飾りや旗などで
賑やかにして縁起を祝い、これから一年の商売繁昌を願います。

 

正月休みSimekazaria

昭和の頃の商店や勤め人は、少なくても三が日から
五日位まではお休みをしていました。
最近は年中無休の商売や会社が増えて、正月休みなど
していられないという風になりました。

冬休みのある子供や学生も、塾通いやアルバイトに忙しく、
のんびりと正月気分に浸るという風習は、無くなりつつあるかのようです。

一年中せわしなく、あくせくしている現代は、はたして豊かと
言えるのでしょうか。物は豊かでも、心に余裕が無くなり、
ストレスばかりが溜まっているように思います。
レジャーでさえ気ぜわしく振るまう為、気分転換やリラックス効果が
得られず、かえって疲れているかのようにもみえます。

このように現代は誰もが常に忙しく、慢性的に疲れているような状態です。
そのような時、家族間では甘えがあったり遠慮がないだけに、
より不満やイライラが募ります。Osetin

正月は歳神様とはもちろん、家族同士も交流交歓する機会です。
どんなに忙しくても、それぞれの予定がバラバラであろうとも、
正月中に一度は家族揃って会食歓談をしましょう。

一番近い存在でありながら、意外にも家族とは普段あまり
情報交換をしていないものです。お互いに昨年経験したことや
新しい年への抱負などを語り合いましょう。
ご先祖様に感謝し、家族の血、自分の血を意識しましょう。

本来、歳神様をお迎えしておもてなしをするお正月。
その正月休みは、ただの休みではないことを心に留めておきましょう。

 

家族の絆を強めて開運Syougatuk

お正月は、家族の連帯感を強める機会としましょう。
家族の愛、家族の有り難さを再認識するようにしましょう。

歳神様のもてなし方は様々ですが、
家庭円満・家族和合をお見せすることが、
最も歳神様を喜ばすことになります。

そうすれば、歳神様が新しい運と福をもたらし、
またの一年をお守り下さることでしょう。
祖先神でもある歳神様は、子孫の繁栄と幸福を
もたらして下さることでしょう。

 

 

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消防出初式

 Syoubousya

消防出初め式(でぞめしき)  1月6日

 

防災・消防の意識を高めるために行う行事。

新年に消防士が初めて出揃って、
消防動作の型などを演ずる儀式で、
消防士と消防車のパレード、消火演習、
はしご車の放水などが行われる。

 

東京消防出初め式Syoukaki

出初め式は全国各地で行われていますが、
東京都の出初め式は、江戸時代からの歴史を持ちます。
1659年1月4日に、江戸幕府の消火機関である
「定火消し」(じょうびけし)が行った式典が始まり
といわれています。

江戸時代には、「火事と喧嘩は江戸の花」 と言われたほど
火事が多く、大火(たいか)も度々起こりました。
江戸の町には、「町火消し」(まちびけし)という、
町民の自治による、消防組織もありました。

その火消し役には、身が軽くて力の有る
鳶の者(とびのもの)があたっていました。
当時この鳶職の人々によって行われていた、
はしご乗りの軽業(かるわざ)や、纏(まとい)振りは、Puragu
今でも伝統芸として披露されています。

 

火の用心

火事は人命を奪い、住まいや財産を焼き尽くしてしまいます。
大切な思い出の品も、何もかも台無しにしてしまいます。
火の元には、十分注意しましょう。

現代は電化が進み、あまり火を使わない生活となり、
安全性が増しましたが、その反面、「安全で当たり前」という、
気のゆるみが出て来ているようです。Tabako
電気製品といえども、火事を起こす場合もあります。
くれぐれも、慎重に扱いましょう。

また、歩きながらや自動車の窓から、
火のついたままのタバコを投げ捨てる人がいます。
こんな行為はもってのほかです。
誰も見ていなくても、神さまは見ていらっしゃいます。

他人に迷惑をかける行為をして、何とも思わないような人に、
神仏の加護は得られません。
自分の行いを恥じることのできる人間になりましょう。

 

火事の夢を見ると良いことがあるFireb

現実の火事に、良いことは全くありません。
しかし火事や火に関係する夢の場合は、良い兆し
とされる場合が多いのです。

火は穢れたものを焼き払い、清浄にしてくれるものと考えられています。
様々な火祭りが行われるのも、火が聖なるものと意識されているからです。
神々は私達に火の夢を見せて、予兆を示して下さるのです。

夢の中の火事に実害はありません。
しかも聖なる火の気により、自身の穢れが焼き払われるので、
見たならば神に感謝し、自己の向上に努めましょう。

 

 

 

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小寒

 

小寒(しょうかん)   1月6日Turara

二十四節気の一つ。冬至から15日目頃。
太陽の黄経が285度の時。旧暦十二月の節(せつ)。
寒の入り(かんのいり)ともいう。
寒気は最高ではないが、厳しい寒さが続く。

 

寒の入り

寒の入りから節分までの30日間を寒の内といい、
一年のうちで最も寒い頃とされます。
小寒から4日目を「寒四郎」、9日目を「寒九」と呼びます。

 

二十四節気Yuki

二十四節気(にじゅうしせっき)とは、
太陽の黄経に従って1年を24等分し、
それぞれの季節にふさわしい名を付けたものです。

陰暦では、1ヶ月が29日か30日となり、1年が354日しかないため、
実際の月日と季節にずれが生じてしまいます。
そこで中国では、季節を知るために太陽の動きに合わせた
二十四節気が作られ、日本にも導入されました。

  季節     名称
   春      立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨
   夏      立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑
   秋      立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降
         立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒

 

七十二候Mikuriga

「七十二候」(しちじゅうにこう)とは、各節気を三分して
一年を七十二候にし、時候の変化を示したものです。

小寒は、
初候 「芹生ず」     (せりしょうず)
二候 「水泉動く」    (すいせんうごく)
三候 「雉始めて鳴く」 (きじはじめてなく)
頃と解説されています。

七十二侯は、自然や気象の変化、動植物の活動などを表しています。

 

太陰太陽暦

日本の旧暦のことで、太陰暦と太陽暦とを折衷した暦です。
月の動きに合わせて月日が考えられ、
太陽の動きに合わせて季節が考えられていました。

 

 

  冬の夜             作詞・作曲者不詳

  Huyunoyoruy

1.燈火(ともしび)ちかく        衣(きぬ)縫う母は
  春の遊びの              楽しさ語る
  居並ぶ子どもは           指を折りつつ
  日数(ひかず)かぞえて       喜び勇む
  囲炉裏火(いろりび)はとろとろ   外は吹雪

 

2.囲炉裏の端(はた)に        縄なう父は
  過ぎしいくさの            手柄を語る
  居並ぶ子どもは           ねむさ忘れて
  耳を傾け               こぶしを握る
  囲炉裏火はとろとろ         外は吹雪

 

       『尋常小学唱歌(三)』  明治45年

 

 

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書初め

 Syo

 書初め(かきぞめ)           1月2日頃

新年になって、初めて書や絵を書くこと

書いた作品は壁などに飾り、小正月の左義長にこれを焼いて、
そこで紙が高く舞い上がると、書が上達する兆としました。

 

正月の遊び

 

凧あげ(たこあげ)

   凧は、平安時代に中国から伝わったといわれています。Tako_2
   昔の中国では遊びではなく、風力、風向き、距離を
   測定する道具として使われていました。
   日本でもはじめは、豊作かどうかを占うものでした。
   のちには、遠方から情報を伝える合戦の道具として
   利用されました。

   江戸時代になると、おとなたちが凧上げに夢中になり、
   往来のじゃまになるほどでした。このため江戸の
   町中では、正月以外は禁止のおふれが出るほどに
   なりました。

   その後も年中行事や店の宣伝に用いられるなど、
   おとなが中心の凧上げでしたが、明治時代に
   入ってから、子供の正月遊びとして定着していきました。

独楽(こま)

   日本では、最初、先のとがった貝殻(かいがら)をJ0404940_1
   回していたようです。その後、どんぐりなどの
   木の実を使うようになりました。

   現在の独楽の原型となるものが日本に伝わったのは、
   平安時代です。朝鮮半島の高麗(こうらい)という国から、
   音を出しながら廻る「唐(から)ごま」が入ってきました。
   高麗は「こま」とも言われていたので、独楽の名前の
   由来になっています。

   その後日本でも、沢山の種類の独楽とその遊び方が
   考え出されていきました。

羽根突き・羽子突き(はねつき) Hagoitaf

   昔、羽根突きには、厄払いの意味がありました。

   羽根突きの羽根は、無患子(むくろじ)の種子に
   鳥の小羽を数枚差し込んだものです。
   羽子板は桐や杉などから作られる長方形で柄のある板です。
   羽子板(はごいた)で羽子(はね)をついて遊びます。
   羽子板の表には絵を描かれたり、押し絵が付いています。

   又,魔除けを目的とした装飾用の豪華な羽子板も作られています。

すごろく

   双六(すごろく)には、絵双六と古制双六があります。Saikoro

   古制双六(盤双六)は、古代インドに始まり、
   中国から日本に伝えられました。しかし賭け事に
   使われたため、飛鳥時代から何度も禁止令が出され、
   江戸時代の終わりに消滅しました。

   一方絵双六は、江戸時代初期に、新米のお坊さんに
   仏教の初歩を教えるための「仏法双六」がもとに
   なっています。知識を順序立てて伝える双六は、
   絵柄や内容で時代の流行をとらえ、楽しみながら
   情報を得られることから、明治以降は子供の正月
   遊びとして定着しました。

福笑い(ふくわらい)Hukuwarai

   福笑いは、江戸時代に始まった遊びだとされています。

   古くはこよりや綱の輪で、人の顔や目鼻を作る遊び
   だったようです。福笑いの顔は時代によって色々で、
   おたふくやひょっとこだけでなく、だるまもありました。
   おたふくはおかめともいい、平安美人の顔を誇張した
   ものです。

   福笑いは、笑って楽しめるおめでたい遊びとして、
   親しまれてきました。

かるた

   かるたは、ポルトガル語のcartaが語源です。

   平安時代に、「貝覆い」(かいおおい)・「貝合わせ」Hanahuda
   という遊びがはやりました。蛤(はまぐり)などの
   二枚貝を二つに切り離してばらばらに置き、
   もとの組を当てていく日本独自の遊びです。
   後世、貝の内側には絵や歌が書かれるようになりました。

   室町時代になると、ポルトガルからカードが伝わり、
   それを日本風にして「花かるた」・「花札」を作りました。

   「貝覆い」は、かるたの影響で紙片に変わり、
   江戸時代に、「小倉百人一首(おぐらひゃくにんいっしゅ)」
   の歌がるたや、ことわざや知恵などを盛り込んだ
   「いろはがるた」となっていきました。

百人一首(ひゃくにんいっしゅ)

   上代から鎌倉時代の初めまでの歌人百人の短歌をKaruta
   集めたものです。

   鎌倉時代、歌人で歌論家でもあった藤原定家
   (ふじわらのていか)が、小倉山荘にこもり
   選び出したものをもとに、後世の人が補いながら、
   室町時代中期までに今のようなかたちになった
   といわれています。

   江戸時代に、その和歌選集をもとにして歌がるたが
   作られ大流行しました。

   京都府の八坂(やさか)神社では、毎年1月3日に、
   「小倉百人一首」による「かるた始め」を行います。

トランプCard

   トランプ(カード)の発生地は東洋で、のちに
   ヨーロッパに伝わり発展したといわれています。

   トランプとは、英語で「切り札」という意味です。
   明治時代の初期、イギリス人たちが、切り札を
   出しながら「トランプ!」と言うのを、日本人が
   カードの名前と勘違いして、そのままトランプと
   名付けられてしまいました。

 

 

 

たこの歌   作詞・作曲者不詳

 Takoage

1. たこたこあがれ      風よくうけて
  雲まであがれ       天まであがれ

2.えだこにじだこ      どちらもまけず
  雲まであがれ       天まであがれ

3.あれあれさがる      ひけひけ糸を
  あれあれあがる      はなすな糸を

 

   『尋常小学読本唱歌』  明治43年

 

 

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皇居新年一般参賀

 

皇居一般参賀(こうきょいっぱんさんが)  1月2日Tokyoeki

新年に皇居に行って、祝意を表わすこと。

 

新年の一般参賀は、皇室と国民との結び付きを深めるため、
昭和23年から行われています。
参賀は、天皇誕生日にも行われています。
 

参賀者は二重橋から皇居内に入り、記帳します。
天皇陛下、皇后陛下はじめ皇族の方々が、
バルコニーで参賀をお受けになります。
記帳簿は10年間保管されるそうです。

 

東京駅Tokyoekib

皇居前広場および二重橋(皇居外苑)は、観光名所であり
記念撮影の人気スポットです。

最寄り駅は地下鉄千代田線の二重橋前ですが、
JR東京駅からも歩いて行かれます。
東京駅の皇居側にある、丸の内側駅舎は必見の建物です。
多少遠くても、是非東京駅から皇居に向っていただきたいものです。

東京駅丸の内側の駅舎は、1914年(大正3年)に完成した、
辰野金吾博士設計による赤レンガの建物です。
オランダのアムステルダム駅をモデルにしたといわれています。

1945年(昭和20年)の空襲でかなりの被害を受けましたが、
1947年(昭和22年)に修復されました。
ただ、もとは3階建てだったものが2階建てになり、
丸屋根は直線的な屋根になっており、当初の姿とは少し異なっています。
しかしながら、歴史的建築物としての重厚感をただよわせています。

現在、当初の姿に復元する工事が進められており、
2011年に完成予定だそうです。

 

東京駅丸の内駅舎

2003年、国重要文化財に指定
2007年5月30日、1914年の開業当時の姿に戻す保存・復元工事の起工式
2011年度末、完成予定

 

 

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初夢

 

初夢(はつゆめ)            1月2日Fujib

元日の夜から翌朝にかけて見る夢。

 

初夢をいつにするかは諸説あります。
大晦日の夜、二日の夜、節分の夜など様々です。

古くは立春を正月節としていたため、中世では
節分から立春の明け方までに見る夢のことを初夢といいました。
江戸時代元禄の頃は、大晦日の夢を初夢というようになりました。
以後、正月二日あるいは三日の夢を指すようにもなりました。
現在は一般的に、元日の夜から二日の朝にかけて見た夢が
初夢と考えられています。

 Inuwasi

一富士二鷹三茄子(いちふじ にたか さんなすび)

夢に見てめでたいものの順序といわれています。

 

理由には色々な説があります。

そのひとつに、徳川家康に因んで、
駿河国(するがのくに)の名物をあげた、
というものがあります。

一番高い富士、高く舞う鷹、価の高い茄子
ということからも、縁起が良いとされたようです。Nasu
(鷹は、駿河で富士の次に高い愛鷹(あいたか)山のこと、
                     ともいわれています。)

 

宝船(たからぶね)

宝船とは、米俵・宝貨などが積まれ、
七福神が乗っている帆掛(ほかけ)船のことです。

 

室町時代、吉夢を見るために、宝船の絵を枕の下に敷いて
寝る風習が始まりました。
江戸時代では、元旦に宝船売りが売り歩き、関西では、
社寺が宝船の絵を頒布(はんぷ)していました。
明治時代の東京でも、正月の縁起物として、
「おたから、おたから」の売り声と共に、売り子が回ってきたそうです。

 

七福神(しちふくじん)

七柱の福徳の神。
インドや中国の信仰と、日本の信仰が混交してできた神々です。Takarabune

 

   大黒天(だいこくてん)            有福
   蛭子(えびす)                 清廉
   毘沙門天(びしゃもんてん)         威光
   弁財天(べんざいてん)           愛嬌
   福禄寿(ふくろくじゅ)            人望
   寿老人(じゅろうじん)            長寿
   布袋(ほてい)                大量

 

七福神の憶え方

頭韻(とういん)に近い並びにして、七五調やリズムで憶えます。

ほてい、ふくろく、びしゃもん、べんてん
えびす、だいこく、じゅろうじん。

  Sitihukujinn

七五調での憶え方の例

1 2 3 4 5 6 7   1 2  3   4  5
ほ・て・い・ふ・く・ろ・く   び・しゃ・もん・べん・てん

1 2 3 4 5 6 7   1  2 3 4 5
え・び・す・だ・い・こ・く   じゅ・ろ・う・じ・ん

 

リズムでの憶え方の例

♪  ♪   ♪ ♪     ♪  ♪  ♪  ♪ 
○ほてい  ふくろく    びしゃもん べんてん

♪  ♪   ♪ ♪     ♪  ♪ ♪♪
○えびす  だいこく    じゅろうじん○

 

 

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初詣

 

 初詣(はつもうで)        1月1日~ Meijijinnguu2

新年に初めて神社やお寺へ行き、
1年の幸福を願ってお参りすること。

 

古くは一日の区切りが夕方にあると考えられていました。
つまり正月は大晦日の夜から始まるものだったのです。
そして大晦日の夜の食事を年取りの膳といい、
これを食べることによって年齢をひとつ重ねると考えました。

年取りの食事の後、一家の主人が氏神神社でお籠りを
する風習があり、これが初詣の始まりと考えられています。

現在のように夜中の12時で一日の区切りとするように
なってからは、大晦日の夜12時過ぎから元旦にかけて
神社にお参りする習慣になりました。

初詣は本来、生まれた土地の神である産土神(うぶすながみ)や、
住んでいる場所の氏神(うじがみ)に参るのが正式です。
しかし現在では、有名神社や、その年の恵方(えほう・よい方角)
にある社寺など、遠方に車や電車を利用して詣でるようになりました。

初詣は、正月三が日、あるいは七日頃までに行われることが
多いようですが、いつまでという決まりはありません。

 

神社参拝の一般的な作法

初詣も普段の日のお参りも、作法は同じです。Meijijinnguu
(神社により、独特の作法がある場合もあります。)

 

鳥居に入るときは軽く一礼します。
(参拝が終って出るときも、また軽く一礼します。)

手水舎(てみずや)で、手を洗い口をすすいで、心身を清めます。

まず右手で柄杓(ひしゃく)を持ち、水を汲みます。
その水を左手にそそいで清めます。
次に左手に柄杓を持ち替えて、同じように右手を清めます。
もう一度右手に柄杓を持って水を汲みます。
その水を左手のたなごころに受け、口をすすぎます。
柄杓に直接口をつけてはなりません。
最後に、柄杓を立てて水を流し、柄の部分を清めます。

心身を清めたら、拝殿(はいでん)に進みます。

お賽銭をいれ、鈴をならしたら二礼します。
二度拍手(かしわで)を打ち、さらに一度拝礼します。
これを「二礼二拍手一礼(にれいにはくしゅいちれい)」
といい、各家庭に祀られている神棚を礼拝するときも
同じ作法です。

願い事は、拍手の後に手を合わせたまま、
静かに心の中でとなえましょう。

(注)
仏閣で、拍手(かしわで)を打っている人を時々見かけます。Hisyaku
お寺では拍手は打たないで、手を合わせるだけにします。
詣でている所が神社なのかお寺なのか、つまり神さまなのか
仏さまなのかを知った上でお参りするようにしましょう。
また、お寺でも神さまを一緒に祀っている所もあります。
お参りする所の神さまやご本尊について、もっと関心を
持つようにしましょう。

しかし、今まで正しい作法でお参りをしていなかったとしても、
気にすることはありません。日本の神さま仏さまは寛容です。
作法よりも、心から神仏を崇める気持ちのほうが大切です。
たとえ作法を知らなくても、心清く正直に生きている人のことは
必ずお守り下さいます。

 

絵馬

祈願や報謝のために、社寺に奉納する絵の額。

  Ema_1

昔は祈願や報謝の際、神霊を迎えるために
神の乗り物である馬を奉納しました。
古代では、神馬(しんめ)といって生きた馬を奉納していたのです。
それが簡略化されて、木や土や紙で作った造馬(つくりうま)を
奉納するようになりました。
さらに簡略化して、馬の絵を描いて奉納するようになりました。
初めの頃は、大絵馬といわれる、大きな額のものでしたが、
時代を経てだんだん小さくなり、現在のような小絵馬になりました。

絵馬の奉納は人知れずに行うものでした。
また絵馬を奉納することによって、神はすでに祈願する者の真意を
見通してくれていると信じられていましたので、
願い文も祈願する者の名前も記さないのが習わしでした。

現代では、目立つように名を書いたり、大きく願い事が書かれています。
しかし本当に神を信じる人ならば、願いの文は不要なのです。
「寅年男」「午年女」のように、干支と性別を記すだけで十分のはずです。

 

破魔矢(はまや)Hamayaa

縁起物の魔除けの矢。 破魔とは、「魔を破る」の意味。

 

破魔矢は破魔弓(はまゆみ)につがえて放つための矢です。
破魔弓とは、魔障を払い除くという神事用の弓のことです。

破魔弓は後に男児用の玩具となり、女児用の羽子板とともに、
成長を祈る正月の贈り物となりました。
現在は正月の縁起物として、神社で破魔矢が売られるようになりました。

 

 

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松の内

 

 松の内(まつのうち)     1月1日~7日Matua
 

松飾りのある間のことで、普通元日から七日までをいう。
正月七日には門松を外し、この日に歳神(年神)様が帰られる。
(松の内は、3日、5日、15日など、地方により異なる。)

 

 

正月の飾り物

 

 門松(かどまつ)Takea
           歳神様の依代(よりしろ)とされる木。

           依代とは、神様が来られる時のよりどころで、
           目印のようなものです。
           松は常緑がめでたいとされ、「長生きできるように」
           との願いが込められています。
           松以外の常緑樹、楠、杉、榊、栃、椿、楢(なら)、
                        朴(ほお)などを用いる地方もありましたが、
                        中世に松と限られるようになり、
           門松と名付けられました。

           近年は、竹を組み合わせた門松が主流になっています。
           竹は冬でも青い葉を保ち、また真っ直ぐに伸びることから、
           たくましく長生きできるようにとの願いが込められています。

 しめ飾り・注連縄(しめなわ)
           歳神さまが入られる神聖な場所を示す。

           注連縄は神の鎮座まします所と、人間の世界とをKadomatuf
           境とするために張ります。
           邪を除き、けがれを避ける役目をはたします。
           正月用のしめ飾りも、歳神様を迎える神聖な場所を
                        示すために張ります。

 歯朶(しだ)
           歯は齢(よわい)、朶は枝で、長寿を意味します。

           歯朶は裏白(うらしろ)、穂長(ほなが)などともいいます。
           裏の白い方を用いるのは、潔白と白髪になるまでの意です。

 譲り葉(ゆずりは)
           譲り葉は、新しい葉が成長してから古い葉が譲って
           落ちるので、この名があります。
           親子草、交譲木とも書き、長く子孫に福をゆずるの意です。

 昆布(こんぶ)
           昆布は和名を広布(ひろめ)といい、広くなる意味と、
           よろこぶの意味とを重ねています。

 海老(えび)
           腰が曲がるまでの、長寿の意です。

 橙(だいだい)
           代々続き栄えるの意です。Kagamimotib

 串柿(くしがき)
           柿は嘉来・嘉気など、めでたいことが来る、
           めでたいことの兆しがある、の意です。
           また、万物をかき集める、のめでたい意です。

 勝栗(かちぐり)
           勝来(かちく)るに通じており、
           武家が出陣や勝利の祝いとして用いたものです。

 穂俵(ほだわら)
           その実(気胞)が米俵の形に似ているので、
           めでたいとされる。

           ほだわらは、海産の藻・ほんだわらのことです。
           古来、新年の飾り物、食用、肥料として用いられました。
           楕円形あるいは卵形の気胞を有し、海表を浮いて流れ藻となります。

 鏡餅(かがみもち)
           鏡は、人の心を写し神霊の宿るもの。
           餅は、持ちのよいめでたいもの。
           古くは餅鏡といい、めでたいことを二つ重ねて祝う。

           大小の餅は、太陽と月を表わし、
           重ねることで縁起がよいと考えられていました。
           また、丸くて平たい白い餅は、
           人の魂(たましい)を表わしているともいわれています。
           ちなみに、仏様にお供えする饅頭(まんじゅう)もこの形です。

 屠蘇(とそ)Toso
           鬼気(きき)を屠絶(とぜつ)、人魂を蘇生(そせい)するの意。

           屠蘇散(とそさん)を屠蘇袋(紅絹の袋)に入れ、
           酒やみりんに浸して飲みます。
           屠蘇散とは、魏(ぎ)の名医華陀(かだ)処方の、
           体内の邪気をはらう豊薬です。
           山椒(さんしょう)・防風・白朮(びゃくじゅつ)・桔梗(ききょう)・
           蜜柑皮・肉桂(にっけい)皮などが調合され、
           平安時代から飲まれていました。
           江戸時代に、一年の邪気を払い、齢を延ばす願いを込め、
           正月のものとなりました。

 

 

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年賀

 Kadomatud

年賀(ねんが)    1月1日~

新年に、親戚・知人・友人・上司などの家を廻って、
挨拶をすること。
 

遠方にいる人やひと通りの交際の人には、
年賀状をもってこれにかえます。
現代では、ほとんど年賀状で済ます場合が
多くなりました。

年賀状は、元日に届くように配慮する人が多いですが、
訪問する場合は、元日は避けるのが礼儀とされています。

 

 

年賀の挨拶言葉

「新年明けましておめでとうございます」 

  という言い方は正しくない!

 

「新年」 と 「明けまして」 と Kakizomeb
同様のことを続けて言う必要はありません。

長くすると丁寧になると勘違いをしているのか、
芸能人でこの言い方をする人が多いですが、
本来はまちがいです。
芸能人が使うと皆がまねをしてしまいますが、
実は自分の無教養ぶりをさらしているような
恥ずかしい言い方であることを知っておきましょう。

同じことを繰り返すものとして
 「頭痛で頭が痛い」 や 「馬から落ちて落馬した」
など、昔から無知の人をからかう笑い話のネタに
されています。

「新年おめでとうございます」 か 
「明けましておめでとうございます」 の
どちらかにしましょう。

 

 

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三が日

 

三が日(さんがにち)Irori  1月1~3日

 
正月の1日、2日、3日の総称。

 

昔は、三が日は料理も何もしないで、誰もがゆっくりと
くつろぎ、正月気分にひたる期間でした。
現代でも多くの会社やお店が三が日を休みますが、
年中無休の商売やサービスが増えた現代では、
お休みできない人が多くなりました。

 

おせち料理

歳神(年神)様におそなえし、共にいただく正月の料理Zouni
主に縁起が良いとされる食材を使う。

 雑煮(ぞうに)
          地方により、家風により、食材や作り方は多種多様です。
          めでたい意味のある具を入れた汁に、餅を入れて食べます。
          長持ちするようにとの願いが込められています。
 煮豆(にまめ)
          まめに(健康に)暮らせるようにとの願いが込められています。
          黒豆の黒は魔除けの色と言われています。
 田作(たづくり)
          田作とはごまめ(カタクチイワシの幼魚を干したもの)のことです。
          昔は、小魚を田の肥料としていたことから、
          今年も豊年であるようにとの願いが込められています。
 数の子(かずのこ)
          数の子は、魚のニシンの卵です。
          沢山の卵にあやかって、多くの子孫が生まれ、Osetia
          家が繁栄するようにとの願いが込められています。
 きんとん
          きんとんの黄色い色を黄金にみたてて、
          財産に恵まれるようにとの願いが込められています。
 海老(えび)
          エビのように、腰が曲がるまで長生きできるようにとの
          願いが込められています。
 昆布巻き(こぶまき)
          昆布は和名を広布(ひろめ)といい、広くなるという意味と,
          よろこぶの意と重ねて、お祝いに欠かせない食材です。
 鯛
          タイはおめでたいに通じ,鯛の赤は喜びを表す色とされています。
          また、福の神のえびす様が抱える魚なので縁起が良く、
          お祝いには欠かせない魚です。
 紅白かまぼこ
          紅(あか)はめでたい色、白は神聖な色とされています。Osetib
 紅白なます
          紅白かまぼこ同様に、赤い人参と白い大根でめでたさを表します。
 酢れんこん
          レンコンには穴が開いていて向こうが見えるので、
          将来の見通しが良いとされています。
 里芋(さといも)
          サトイモはひとつの親芋に沢山の子芋、孫芋ができるので、
          子孫繁栄の願いが込められています。
 福茶(ふくちゃ)
          茶の中へ黒豆・昆布・梅干等を入れ、縁起を祝って飲みます。
          口中のけがれを清め、心身の邪気を払います。

 これら以外にも、おせち料理には沢山の種類があります。

 

 

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大正月

 

大正月(おおしょうがつ)Kagamimotia  1月1~7日

 
元旦から七日までのこと。

 

正月は1月1日を中心に行う 「大正月」 と
1月15日を中心に行う 「小正月」 があります。
大正月は、1年の中でも特に重要な儀式の多い年中行事です。
年末から歳神(年神・としがみ)様を迎える準備をして、
元日にお迎えし、様々な儀式でお祝いをします。

 

数え年 Hagoitab

日本人は、正月に歳神様から新しい魂(たましい)をいただく
と信じてきました。
歳神様(年徳神・としとくじん)は五穀を守り、豊作をもたらす神様で、
祖先神でもあり、子孫の繁栄と幸福をもたらすと言われています。
人は生まれた時に魂をひとつ与えられ、正月ごとに新しい魂を与えられる
という考えから、「数え年(かぞえどし)」 という年齢の数え方をしてきました。

つまり昔の日本人は、正月に皆が一斉に一つ歳を取ったのでした。

 

 

お正月       作詞/東  くめ    作曲/滝 錬太郎

 Takoi

1. もういくつねると         お正月
   お正月には           凧(たこ)あげて
   独楽(こま)をまわして     遊びましょう
   はやく来い来い         お正月

2. もういくつねると         お正月
   お正月には           毬(まり)ついて
   追羽根(おいばね)ついて   遊びましょう
   はやく来い来い         お正月

 

      『幼稚園唱歌』  明治34年

 

 

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初日の出

 Omaezaki

初日の出(はつひので)  1月1日

 

元旦に昇る太陽を 「初日の出」 といいます。
太陽に向かって手を合わせ、一年の幸福を祈ります。

 

初日の出を拝むために、富士山や各山々へ登る人もいます。
元旦に、山頂で太陽を拝めば家の中に病人が出ない、
という信仰から山に登ります。

太平洋側に住む人は、海岸で水平線から昇ってくる
太陽を待ちます。          (右写真は静岡県御前崎)
千葉県東端、銚子半島先端の犬吠埼(いぬぼうざき)は、
太平洋に突出していて、初日の出を拝む名所として有名です。

その他にも、初日の出を拝むのに絶好と言われる場所が
全国各地にあります。

初日の出を拝む風習は、江戸時代後半に江戸の人々
から広まりました。明治以降は、国旗の日の丸と重ねて
考えられて全国で根付き、現代でもさかんです。
恋人同士で超高層ビルから初日の出を拝むのが、
最先端感覚であるようです。

 

 

 一月一日        作詞/千家尊福    作曲/上  真行

 Hasikuiiwa_1

1. 年(とし)の始(はじ)めの       例(ためし)とて
   終(おわり)なき世の         めでたさを
   松竹(まつたけ)たてて        門(かど)ごとに
   祝(いお)う今日こそ         楽(たの)しけれ

2. 初日(はつひ)のひかり       さしいでて
   四方(よも)に輝(かがや)く     今朝(けさ)の空
   君がみかげに            比(たぐ)えつつ
   仰(あお)ぎ見るこそ         尊(とう)とけれ

 

      『官報第3037号附録』  明治26年

 

 

 

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元日

 Hinomaru

元日(がんじつ)    1月1日
 
年の始めを祝う、国民の祝日

 

元日と元旦

一年の最初の日である、1月1日を元日(がんじつ)といいます。
元旦(がんたん)とは、元日の朝のことです。

「元旦」 だけで、 「1月1日の朝」 という意味がありますので、
年賀状などに、「平成20年 1月 元旦」 と書くのはまちがいです。
「平成20年 元旦」 のように年号に続けるだけでよいのです。

また、「元旦の朝」 という言い方も、朝が重複しますので
避けたほうがよいでしょう。

 

年籠り(としごもり)
 
もともと正月は大晦日の夜から始まるものでした。Hamayab
歳神(年神)様がやってくるのは年越しの夜なので、
家族全員で家にこもり、寝ないで静かに
歳神様をお迎えしました。
元日は歳神様をお迎えした日なので、
外出せずに家で家族だけで過ごすのが習わしでした。

江戸時代後半から、元旦に初日の出を拝みに行くことが広まり、
初詣も盛んになりました。
現代では年籠りの風習は薄れ、多くの人が元日から初詣に
あちこちの社寺をはしごしたり、遊びに出かけています。
年末から年始にかけて海外旅行に出かけるのも、
特別なことではなくなっています。

 

祝日の国旗掲揚

昭和40年代くらいまで、祝祭日には各家の門や玄関にKadomatua
国旗を掲げていたものでした。
ですから祝日を、旗日(はたび)と呼んでおりました。
今では、日の丸を揚げている家庭はほどんど見られません。

また、正月飾りをしている家も少なくなりました。

そのかわり、クリスマスリースを玄関に飾ったり、
電飾で家や庭を飾る家は増えています。
それがいけないことだ、などと言うつもりはありません。
特定の宗教に縛られない日本は、自由で住みやすい、
すばらしい国だと思います。

ただ、西洋式のお祭りや祝日が派手になる一方で、
日本の風習が段々軽んじられていくことを、
寂しいと感じ大変残念に思っています。

 

ひのまる      文部省唱歌Hinomarub

 

1. 白地に赤く    日の丸染めて
   ああ美しい    日本の旗は

2. 青空高く     日の丸揚げて
   ああ美しい    日本の旗は

 

日の丸の旗   作詞/高野辰之   作曲/岡野貞一 

 

1. 白地に赤く   日の丸染めて
   ああ美しや   日本の旗は

2. 朝日に昇る   勢ひ見せて
   ああ勇ましや  日本の旗は

 

   『尋常小学唱歌(一)』  明治44年

 

 

 

 

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