はじめに

この夢占いはほとんどの人に当たりません。

だから悪い夢を見て深刻になる必要も無いし、良い夢だからといって浮かれてもいけません。
お遊びであると考えて、家族や友人との 「話の種」 ぐらいにとらえて下さい。 

しかし、当たる人には当たります。 J0401256_3

当たる人と当たらない人の違いは、敏感であるか鈍感であるかです。
何に対して敏感、鈍感なのでしょうか。
敏感になるにはどうしたらよいのでしょうか。

それはこのサイトを参考にして、自分で考えてみて下さい。
そして、この夢占いが当たる人の部類に入れるよう心掛けて下さい。

そうすれば、あなたは自分自身と人類に明るい未来を開くことができるでしょう。 

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この夢占いは、特定の宗教、いかなる宗教団体とも全く関係ありません。

「 生命原理 = 神 」 を信じる人のための夢占いですが、 信じない人もどうぞ気楽にお楽しみください。

 

 

 開設・製作開始      2006年10月6日
 公開開始          2007年1月27日

 

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海の日

 Umimie

 海の日     7月20日(2009)
               (第3月曜日)    

「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」
という趣旨で1996年(平成8年)に制定された。
当初は7月20日だったが、2003年(平成15年)から7月第3月曜日に変更された。

 

海の記念日

1876年(明治9年)、明治天皇が東北地方を巡幸された帰途、
青森港から汽船明治丸で横浜港に着いた日が7月20日でした。
1941年(昭和16年)、この日を「海の記念日」と決め、
海洋国家として広く国民に海への理解と関心を求める様々な催しが
全国的に展開されました。

「海の日」はこの「海の記念日」を引き継いだものです。

 

海の月間Umim

国土交通省では、7月を「海の月間」としています。
広く国民に「海」に対する理解と認識を高めてもらえるように、
と設けられました。
民間でも、海に関するのイベントが全国各地で種々開催されています。

海上保安庁では、7月16日から31日まで「海難ゼロへの願い」を
スローガンに、「全国海難防止強調運動」を実施しています。

 

良運を招く心がけ

日本は山国であると同時に、海洋国でもあります。
私達の祖先は、山だけでなく海からも多くの恵みを得てきました。
そして漁業や航海を守護する神様をおまつりし、
海の生き物の供養をしてきました。

昔の人は海を聖域、海水を神聖なものと捉えていました。
塩で穢れを清め、厄や邪気を祓う習俗もここから来ています。
(例) 井戸や竈(かまど)などの清めに塩を使う。Umin
    葬儀参列後に塩でお清めをする。
    大相撲の土俵で塩を撒くなど。
(注) 神前の塩は供物。盛り塩は新風俗。
また、「浦島太郎」の説話は、海の聖域性を物語るものです。

しかし現代では、海をレジャーの対象としか考えていない人も
多いのではないでしょうか。
海産物の多くを輸入に頼り、加工品ばかりを口にしているせいか、
海を命の源と考える意識が低くなっているようです。

海の恵みに感謝し、この豊かで美しい海を守るにはどうしたらよいかを
常に意識しましょう。
生物の故郷とされる海を眺めて潜在意識に働きかけ、
太古からの記憶をたどり、眠っている感覚を呼び覚ましましょう。

そうすれば、海の神様や海の生物と交信ができるようになり、
運命を開く鍵を与えられるようになるでしょう。

 

 

われは海の子    作詞・作曲者不詳  文部省唱歌Kaiganna

 

1.われは海の子           白浪(しらなみ)の
  さわぐいそべの           松原に
  煙たなびく              とまやこそ
  わがなつかしき           住家(すみか)なれ

2.生まれてしおに           浴(ゆあみ)して
  浪(なみ)を子守りの        歌と聞き
  千里(せんり)寄せくる       海の気を
  吸いて童(わらべ)と        なりにけり

3.高く鼻つく              いその香(か)に
  不断(ふだん)の花の       かおりあり
  なぎさの松に            吹く風をKaigannb
  いみじき楽(がく)と         われは聞く

4.丈余(じょうよ)のろかい      操(あやつ)りて
  行手(ゆくて)定めぬ        浪(なみ)まくら
  百尋(ももひろ)千尋(ちひろ)   海の底
  遊びなれたる            庭広し

5.幾年(いくとせ)ここに       きたえたる
  鉄より堅(かた)き         かいなあり
  吹く潮風(しおかぜ)に      黒(くろ)みたる
  はだは赤銅(しゃくどう)      さながらに

6.浪(なみ)ただよう         氷山も
  来たらば来たれ          恐れんや
  海まき上(あ)ぐる         たつまきも
  起こらば起これ          驚(おどろ)かじ

7.いで大船を             乗り出して
  われは拾わん           海の富(とみ)
  いで軍艦(ぐんかん)に      乗り組みて
  われは護(まも)らん        海の国

 

          『尋常小学読本唱歌』  明治43年

 (注)
   北欧文学者・宮原晃一郎の作詞とする説が有力です。

 

 

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土用

 

土用(どよう)    7月19日~8月6日(2009)Unadonn

夏の土用。雑節の一つ。
立秋の前の18日間。

 

土用の丑の日   7月19日
(どようのうしのひ)     (2009)

夏の土用の期間中の丑の日。
この日にウナギを食べて、夏負けを防ぐ。

(2009年は、7月31日に二度目の丑の日、「二の丑」があります。)

 

土用は年4回

土用とは、立春、立夏、立秋、立冬の前の18日間を
いいます。つまり、年に4回あるわけなのですが、
現代では特に夏の土用を指します。

土用の初日を「土用の入り」といいます。
土用の間の丑の日を「土用の丑」といい、江戸時代には
この日に灸をすえたり、薬草の湯に入ったりすると体に
良いとされていました。

 

土用の丑にはうなぎを食べるUnajuu

「土用の丑」にうなぎを食べる習慣は、夏で客が少なくて
困っている知り合いのうなぎ屋に、平賀源内が宣伝の
アイデアを出したことから始まったといわれています。

源内はうなぎ屋の店頭に、「今日は丑」と大きく書いた
看板を出しました。すると、何のことだか意味は分から
なくても、知ったかぶりの江戸っ子の間で評判となり、
お客が押し寄せたということです。

夏の土用は一年で最も暑い頃で、体力が弱って食欲が
落ちます。あっさりした食べ物を好みがちにもなります。
そんな時、栄養豊富なうなぎを食べることは、理に
かなっていたといえます。

現代では、うなぎは良質のたんぱく質と脂質、ビタミンA、B、D、E、Unagi
カルシウム、鉄、亜鉛、DHA、ミネラル類などが含まれ、
夏のスタミナ源としての栄養バランスが良いことが分かっています。

(注)
平賀源内(ひらがげんない)…江戸中期の博物学者、戯作者。
国学、蘭学、物産学、本草学の研究者。
西洋の文化や技術を紹介し、寒暖計、エレキテル(摩擦起電機)
など数多くの発明、鉱山を開発など、多方面で活躍した。

 

土用干し

梅雨が明けて日差しが強くなるこの時期は、衣類や
書物を干したり調度品に風を通す「土用干し」をします。
また、「土用掃き」といって家中を掃除し、梅雨の間に
こもった湿気を除き、かびや虫の害を防ぎます。

 

 

  池の鯉     作詞・作曲者不詳 文部省唱歌

 Ikenokoi

1.出て来い出て来い       池の鯉
  底の松藻(まつも)の      しげった中で
  手のなる音を
  聞いたら来い          聞いたら来い

2.出て来い出て来い       池の鯉
  岸の柳の            しだれた蔭(かげ)へ
  投げた焼麩(やきふ)が  
  見えたら来い          見えたら来い

 

    『尋常小学唱歌(一)』   明治44年

 

 

 

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中元

 

中元(ちゅうげん)  7月15日Tyuugenn

旧暦7月15日のこと。
また、この時期の贈答のこと。

 

お中元

お中元とは、今ではお世話になった人にする
「夏季の贈り物のこと」と思われています。

本来の「中元」とは旧暦の7月15日のことで、
道教の三元信仰に由来しています。
道教とは、中国漢民族の宗教・思想です。

1月15日を「上元」、10月15日を「下元」といい、Icecream
中元と合わせて「三元」といいます。
上元は福を与える神・天官を祭る日、
中元は人間の罪を許す神・地官を祭る日、
下元は水火の災いを防ぐ神・水官を祭る日とされています。

中元の日にもてなしをすれば今までの罪が許される
といわれ、これがお盆の行事と結び付きました。
もともとお盆には、親族間でお供え物などを贈答し合う
慣わしがありました。その習慣が親族以外にも広がり、
「中元セール」のような商戦にも乗って贈答が盛んになりました。

 

暑中見舞い(贈答)

「お中元」を贈る時期を逸してしまった場合は、
「暑中見舞い」や「残暑見舞い」とします。

暑中見舞いは立秋までとし、それ以降は残暑見舞いとします。
季節の挨拶状である、「暑中見舞い」や「残暑見舞い」と同様です。

 

 

 

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盆踊り

 

盆踊り   (7月中旬~8月中旬)Bonnodorib

精霊(しょうりょう)を迎え、慰めるための踊り。
盂蘭盆(うらぼん)の7月13日から16日にかけて行う。
月遅れのお盆(8月)に行う地方が多い。

盆踊りは、先祖の霊を音曲と踊りで歓迎し、慰め、
見送るためのものです。
櫓(やぐら)のまわりを輪になって踊る円舞式と、
行列を組んで踊り流す行進式があります。
8月に行われる徳島の阿波踊りは、400年以上の
歴史を誇る全国最大規模の盆踊りです。

 

盆踊りの時期Bonnodoric

昔は、旧暦の7月13日から16日にかけてのお盆に、
盆踊りが行われました。現代では、お盆を新暦で行う所と
一ヶ月遅れの8月に行う所とに分かれています。

伝統ある盆踊りや大きなものは、8月に行われる所が多いようです。
また「地域のイベント」として、宗教色のない盆踊りも各地の公園や
広場などで開催されています。これらはお盆の期間とは関係なく、
夏の間の土曜日・日曜日に行う所が多いようです。

 

踊り念仏 念仏踊りKabukib

盆踊りの起源は、平安時代、一遍上人や空也上人らが
念仏を広めるために始めた、「踊り念仏」だといわれています。
「踊り念仏」とは、念仏を唱えながら踊り、悪霊を鎮めて
追いやる宗教儀礼でした。

「踊り念仏」は、やがて田楽と結び付き、田楽が農耕儀礼から
民俗芸能化するに従い、「踊り念仏」も芸能娯楽的な
「念仏踊り」となりました。
この「念仏踊り」が、室町時代に「盆踊り」に発展、江戸時代に
今のような形式になったといわれています。

盆踊りは、先祖の霊を慰め見送る踊りとされますが、Kabukia
秋の豊穣を願うものでもあり、また村の娯楽でもありました。
現代でも、「地域の共同娯楽」として各地で行われています。

また「念仏踊り」は、様々な要素が加わり盆踊り以外の
民俗芸能にも発展していきました。
出雲阿国(いずものおくに)が始めた「歌舞伎踊り」も、
念仏踊りから派生したものであるとされています。

(注)
田楽(でんがく)
平安時代から中世にかけて盛んに演じられた芸能。
後に、稲作に関する芸能や地方の民間芸能として残る。

 

 

 

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お盆

 Bontyoutin_2

 盆(ぼん)  7月13日~16日

先祖の霊をお迎えして、なぐさめる行事。
日本古来の祖先崇拝信仰と仏教が結びついた行事で、
旧暦7月15日を中心に行われていた。
新暦になってから7月に行う所と「月遅れ」の8月に行う所などに分かれた。

 

新のお盆と旧のお盆

7月15日中心に行うお盆を、「新のお盆」と呼ぶところから、
8月15日中心のお盆を、一般に、「旧のお盆」とか「旧盆」と
呼んでいます。

しかし、単にひと月遅れであるだけで、
旧暦によるものではありませんので、厳密には
「月遅れのお盆」が、正しい言い方となります。

(2009年の旧暦7月15日は、新暦では9月3日になります。)

 

 

お盆の期間と行事

期間
     お盆の期間は地域により様々です。
     一般的なものでは、祖先の霊は13日に訪ねてきて、
     14日と15日は家に留まり、16日に帰って行くとされています。Bontyoutin2

迎え火
     先祖の霊を迎える時に「迎え火」をします。
     地域により風習が違いますが、家の門口で松明を燃やしたり、
     おがらを焚いたりします。
     お墓や山、川、海に先祖を迎えに行く地方もあります。

精霊棚・盆棚
     迎えた先祖の霊は、「精霊棚」、「盆棚」などと言われる祭壇に祀り、
     花や食べ物などの供物を供えます。キュウリで祖先が乗ってくる馬、
     ナスで荷物を運ぶ牛に見たてたものを作ります。
     様々な供養をして、喜んで帰っていただけるようにします。Daimonnji

送り火
     霊が帰る時には「送り火」を焚きます。
     門口で松明やおがらを燃やして見送ります。
     地域の共同行事として大きな火を焚く所もあります。
     8月に行われる京都市東山の「大文字焼き」(大文字送り火)も、
     盆の「送り火」としての火祭りであり、大がかりな伝統行事です。

精霊流し・灯籠流し
     盆棚に使ったものや供えたものを、川や海に流して祖霊を送る
     「精霊(しょうりょう)流し」をする所もあります。
     ハスの葉やワラなどで作った精霊船に乗せて流す方法や、
     共同で大型の船を造り盛大に流す方法など、地方により様々です。Bonodori
     灯籠(とうろう)を流す「灯籠流し」は、精霊流しの変化したものです。

盆踊り
     盆踊りは、先祖の霊を音曲と踊りで歓迎し、慰め、見送るためのものです。
     櫓(やぐら)のまわりを輪になって踊る円舞式と、
     行列を組んで踊り流す行進式があります。
     徳島の阿波踊り(8月)は、400年以上の歴史を誇る全国最大規模の盆踊りです。

 

祖先崇拝信仰と仏教の融合

日本古来の御魂祭りが、仏教伝来後に仏教的に解釈されるようになり、
日本特有のお盆の行事ができたと考えられています。Awaodori

御魂祭り (歳神さまと盆神さま)

  盆は正月と並ぶ重要な年中行事で、
  風習には共通したところがあります。

  そもそも正月と盆は同じ、「御魂(みたま)祭り」でした。
  昔は、正月を年の始めとするもの(稲作中心)と、
  盆を年の始めとするもの(畑作中心)と、
  年の始まりが一年に二回ありました。

  正月にやってくる神を「歳神さま」というように、
  お盆にやってくる神を「盆神さま」と呼びました。
  「歳神さま」は、神上がりしたご先祖さまのことで、
  実は「盆神さま」と同じ存在なのです。

  正月とお盆に、ご先祖さまをお迎えして感謝を捧げ、Bondana
  ご先祖さまから新しい魂を授けていただいたのです。

盂蘭盆会(うらぼんえ)

  盂蘭盆会とは、あの世で倒懸(とうけん・逆さ吊り)の
  苦しみを受けている死者を救うための仏教行事で、
  インドで始まり、中国を経て日本に渡来しました。
  盂蘭盆会は推古(すいこ)天皇の時代(606年)には、
  すでに営まれていたといわれています。

  「盆」は、この「盂蘭盆会」の略といわれています。
  また、日本古来の御魂祭りで、「ぼに」という器に供物を盛ったのが、
  「盆」という言葉の起こりだという説もあります。

 

 

しゃぼん玉   作詞/野口雨情 作曲/中山晋平

 Syabonndama

  しゃぼん玉飛んだ      屋根まで飛んだ
  屋根まで飛んで       こわれて消えた

  しゃぼん玉消えた      飛ばずに消えた
  生まれてすぐに       こわれて消えた

  風風吹くな         しゃぼん玉飛ばそ

 

        『金の塔』  大正11年

 

 

 

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